―出逢い〈4〉―


ラ・ロシェルは新教徒の頑なな抵抗に遭い、戦争はこう着状態に陥っていた。一向に進展しない戦況に嫌気がさした国王ルイ13世は、サン・ルイの祭日にサン・ジェルマンにお忍びで気晴らしに行きたいとリシュリューに要求した。王妃たっての願いでもあるらしい。戦争反対派の王妃からいらんことを吹き込まれることを心配したリシュリューは「最高指揮官である国王が前線を離れるなど以ての外」と当初は強く反対していたが、よくよく考えたら国王が退屈すると自分までそのとばっちりを受けかねない。そこで9月15日までに陣営に戻ってくることを約束させ、国王の申し出を受け入れることにした。

その際、次のように釘を刺すのを忘れなかった。

「陛下、すでに戦は始まっております。振り上げた拳を途中で振り下ろせばフランスの威信にかかわります故、くれぐれも、戦争反対派の声に耳を貸しませぬよう!」

こうして国王は銃士20名ばかりを護衛に連れて、パリへと向かうことになった。

その隊列に、ダルタニャンとアトス、ポルトスも加えられることになった。

パリに着いた後、トレビルは早速この3人を屋敷の執務室に呼び出した。

「隊長、お呼びでしょうか?」

アトスが訊く。その隣にはダルタニャンとポルトスが緊張の面持ちで立っていた。

「国王陛下から、今回共をしてくれた銃士達に交代で4日間の休暇を取らせよとのお達しがあった。この休暇を利用して、お前たちにやってもらいたいことがある」
「え〜?他の皆は休暇なのに、俺達だけ任務ですかぁ?」
「それで、任務と言うのは?」

肩を落としたポルトスを横目で制し、アトスが先を促した。

「うむ。この書付を持って、ベチューヌに行ってほしい」

トレビルはそう言って、1通の命令書を3人に見せた。それにはこう書いてあった。



  ベチューヌの尼僧院長は、当方の紹介と庇護のもとに逗留せる者を、この状持参の者に引き渡すべし。

      ルーブルにて     

                                                         アンヌ 



「これは…王妃様の命令書?」
「そうだ。その尼僧院にはコンスタンス殿がいる。彼女を修道院から連れ出し、ロレーヌまで護送せよとのご命令だ」
「ということは、リシュリューに居場所が知られたということなのでしょうか?」

とアトスがトレビルに問おうとしたとき、それまで黙りこくっていたダルタニャンが突然、イヤッホー!!と歓喜の声を上げた。ラ・ロシェルに出兵してからこの方、行方不明のコンスタンスのことが心配で、気が気でなかったのだ。リシュリューから彼女を守るための王妃様のお計らいとはいえ、どこにいるのかすらも教えてもらえず、気をもみ続けていたのである。

「やっと…やっとコンスタンスに会えるんだ!」
「おいおいダルタニャン、隊長の前だぞ」

ポルトスに指摘され我に返ったダルタニャンは、急に恥ずかしくなりしゅんとなった。

「すみません」
「しかし隊長」アトスが口を開いた。「ここからベチューヌに行ってそれからロレーヌに行きパリに戻ってくるとなると、4日では少々短い気が…」
「分かっておる。お前たちの休暇は6日間とし、さらに2晩付け加えてやろう。お前たちは今日の夕方から出かけてもらうが、休暇は明朝からということにしておく。これなら問題なかろう」
「ありがとうございます」
「言うまでもないが、今回のことは極秘任務だ。いつどこでリシュリューのスパイが見ているやもしれん。くれぐれも慎重にな。特にダルタニャン、分かったな?」
「はい…分かりました」

ダルタニャンははやる気持ちを押さえ、神妙な面持ちで頷いた。


こうして3人は、ベチューヌへと向かうことになった。


パリを出発して2日後、一行はアラスを通り、ついにベチューヌ街道に入った。

「もう少しだ、もう少しで着くぞロシナンテ!お前も久しぶりに彼女に会えるんだ、嬉しいだろう?」

ロシナンテがヒヒン、と嘶く。

ダルタニャンは後ろを振り返ると、ウキウキしながらアトスとポルトスに言った。

「俺、いいこと思いついたんだけど」
「何だ?」
「尼僧院長からあの人を引き渡してもらったら、ロレーヌなんかじゃなくてパリに連れて行こうと思うんだ」
「ダルタニャン、勝手な命令違反をすると、隊長に怒られるぞ?」ポルトスが茶化すように言う。
「構うもんか。だって今リシュリューはパリにはいないんだもの。王妃様だっているんだし。そっちの方が安全だよ」
「まぁ何にしても、全ては王妃様のお考え次第だ」アトスが言う。「とにかく急ごう。4日後にはパリに帰らなきゃならん」

3人は互いに頷くと、各々馬に拍車をかけた。


やがて遠くの方に三角の屋根が見えてきた。修道院だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


昼過ぎ、修道院のコンスタンスの部屋では、ミレディ主催のお別れ会の準備が和やかに進められていた。部屋の中央には小さな丸いテーブルが置かれ、その上には修道院の厨房で作られた食事が次々と並べられていく。話を聞いた院長が厨房を3人に貸してくれたのだ。

ミレディは焦っていた。復讐を成し遂げようと思ったが、なかなかタイミングが計れない。本当はコンスタンスと二人きりで食事をし、その食事の中に毒を仕込ませる予定だったが、3人になってしまったのでその計画が難しくなってしまったのだ。

食事が全てテーブルに並べられ、ルネが修道院で作られたワイン―こちらも院長が気を利かせて蔵から出してくれた―を各自のコップに注いでいく。その時、窓の外から馬の早駆けの音が聞こえてきた。

「あっ!きっとあの人達だわ!」

コンスタンスがぱっと窓際に駆け寄った。続いてルネが、少し遅れてミレディがコンスタンスの肩越しに窓の外を確認する。修道院に続く道に、馬に乗った見慣れた3人組の姿が見えた。

「ああやっぱり。ダルタニャン!!」
「ダルタニャン?」

窓から身を乗り出して叫んだコンスタンスに、アラミスが何とか会話を引き延ばそうとして聞いた。先ほどコンスタンスに続いて窓の外を見ようとした時、袖の中から小さな紙包みを取り出し、中に入っている粉を全て、ワインが注がれたコンスタンスのコップの中に流し込むミレディの姿が窓に映ったのを、しっかりと見ていたのだ。

「ええ、あのオレンジ色の馬に乗っている、赤い羽根飾りのついた帽子をかぶっている人」コンスタンスが指をさして答える。
「ふぅん、それがあなたのいい人なのね?」
「もう!違います!!」
「ねぇ、早くしないと料理が冷めてしまうわ。あの方達とはあとでゆっくりお話しできるんだから、早く食べてしまいましょ」

ミレディが一人食卓に戻りながら、コンスタンスを催促するように言う。それもそうね、と席に着こうとしたコンスタンスを、ルネが呼び止めた。

「あちらもあなたに気づいたみたいよ、ホラ!」

コンスタンスがルネに指さされた方を見ると、他の2人を二馬身も離して先頭を走っている騎士が、赤い房飾りのついた帽子を手に取り、大きく振っているのが見えた。

「あ、ホントだ。ダルタニャーン!!」

そう言ってコンスタンスが大きく手を振ると、向こうもそれに応えるかのようにさらに大きく帽子を振った。

やがて、ミレディの耳にギィィという修道院の門が開く音が聞こえてきた。ダルタニャン達が修道院に着いたのだ。

ミレディははっとした。ダルタニャン達がここに来たら自分の正体がバレてしまう。早くコンスタンスを始末して、ここから離れなければ…。

「ねぇ、早くしましょ。せっかく作った料理が台無しになってしまうわ」

ミレディは再び催促したが、当のコンスタンスはルネと一緒に、門をくぐって修道院の来客用の入り口に入ってくる3人の銃士に釘付けで、一向に動こうとしない。

「ちょっとルネさん!」ミレディがわざととげとげしい声で言った。「仮にも神に仕える身となろうという人がそんな俗世の殿方に興味津々でいいと思ってるの?」
「え?別にいいじゃない、今日くらい。神様だって赦して下さるわよ」

サラっと笑顔で言ってのけたルネにミレディは心の中で軽く舌打ちをした。ルネがこちらに来ればコンスタンスも否応なく席に着くだろうと思ったのだが、そんな最後の望みも敢え無く散ってしまったのだ。

―本当はちゃんと息の根が止まったことを確認してからにしたかったんだけど…。この際仕方ないわ。

ミレディはそう口の中で呟くと、

「あっいけない私、部屋に忘れ物してきちゃった。取りにいって来るから、2人共先に始めてて」

と、愛想良い笑いを浮かべ、そそくさと部屋から出て行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


―やっと行ったか…。

アラミスはとりあえずホッとした。ミレディはダルタニャン達を警戒して逃げたのに違いない。姿を消した以上、もうここに戻ってくることはないだろう。

あとはコンスタンスが何も口にすることなく、ここから出ていくのを見届けるだけだ。

「ねぇコンスタンスさん」アラミスはコンスタンスに話しかけた。「あの方達はもう修道院の中に入ったみたいだから、こちらから出向いて差し上げたら?」
「えっ?」
「だってあなたもあの方も、早く会いたくて仕方がないって感じだったじゃない?」
「でもせっかく作ったお料理が…それにアンヌさんも戻ってくるだろうし…」
「彼女のことは全っっ然気にしなくていいのよ!私から良く言っておくし、お料理も皆で分けて食べるから!!」
「でも…」
「アンヌさんだっていつ戻って来るか分からないんだし、お料理だって食べ終わるの待っていたら、せっかく来て下さったあの方達を待たせることになってしまうわ。あの方達だって、ヒマってわけじゃないんでしょ?」
「う〜ん…それもそうね」

ルネの最後の言葉にコンスタンスは考えを改めざるを得なかった。ダルタニャン達がここに来たのは王妃の命令だが、ラ・ロシェルへの従軍中にここに来るには少なくとも休暇という名目が必要になる。期日までに帰れなければダルタニャン達がお叱りを受けるのはもとより、自分のために骨を折ってくれた王妃の気持ちにも背きかねないのだ。

コンスタンスの説得に成功し、アラミスはホッと胸をなでおろした。

―良かった。これでもう大丈夫…。

「さあ、一緒に下に行きましょう」

アラミスがコンスタンスを伴い、戸口へ向かおうと背を向けようとした時、彼女が予想だにしていなかったことが起きた。

コンスタンスがワインの入ったコップを手に取ったのだ。

「な…何をしているの!?」
「何だか喉乾いちゃったし、せっかくだからワインは頂いていこうと思って…」
「ダメよ!それを飲んでは…!」
「院長様がせっかく出してくれたんだもの。全く口をつけずに行ってしまうのも悪いわよね」

コンスタンスがコップを口につけ、液体が流し込まれようとする。アラミスはとっさに彼女からコップを奪うと、一気に中身を飲み干した。

抗議をしようとしたコンスタンスの目の前で、ルネの身体が崩れ落ちる。


アラミスは混濁する意識の中で、コンスタンスの悲鳴を聞いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「コンスタンス!!」

突如扉が開かれ、ダルタニャンが転がるようにして入ってきた。部屋のほぼ中央で、コンスタンスが真っ青になって立ちすくんでいる。

恋人の只ならぬ様相に、ダルタニャンは急いでコンスタンスに駆け寄った。

「コンスタンス!!どうしたんだい!?真っ青じゃないか?」
「あ…ああ…」
「コンスタンス?」

呆然として口もきけないコンスタンスの身体を、ダルタニャンは思わずゆさぶった。

「コンスタンス!しっかりしてくれ、コンスタンス!!」
「あ…ダルタニャン…」
「よかった!僕が分かるんだね?怪我はないかい?」
「あ…わた…私は…だい…じょうぶ…大丈夫…だけど…ああっ」
「とっ…とにかく、君は何ともないんだね?無事なんだね?良かった…本当に良かった…」

院長に王妃の命令書を見せている時、上の階から突然コンスタンスの悲鳴が聞こえ、慌てて飛んできたのだ。

もし彼女の身に何か起きていたら、恐らく生きてはいられないだろう。ダルタニャンはホッとして、思わず彼女の身体を抱きしめた。

その時ドカドカと大きな足音を立て、アトスとポルトスが入ってきた。

「まったくダルタニャン、いきなり駆け出しやがって」
「これは…!」

部屋の中の尋常ではない様子に、2人共一瞬足をすくめた。

部屋の中央には綺麗に並べられた手つかずの料理。そのテーブルの脇には今にも泣きそうな表情で震えているコンスタンスとそれを抱きしめるダルタニャン…そしてその足元には、修道女が一人倒れている。

「一体ここで何があったのです、コンスタンス殿?」

恋人に抱きしめられ少し気持ちが落ち着いたのか、アトスに促され、コンスタンスはポツリポツリと語り出した。

「こ…ここで、私のお別れ会を…親しくなった尼僧の方と…開いてたんですけど…。私が飲もうとしたワインをルネさんが…。そしたら、ルネさんが…」
「ルネ…?」

ダルタニャンがコンスタンスと一緒に足元に視線を落とすと、そこで初めて自分から半歩ほど離れたところに人が倒れているのに気が付いた。そのすぐ脇に、コップが転がっている。

「君…大丈夫かい?」

ダルタニャンは修道女をそっと抱き起こしたが、グッタリしたまま動かない。

アトスが傍らに落ちていたコップを拾い上げた。コップに微かに残っていたワインを口に入れ、ペッと吐き出す。

「毒だ」
「毒!?」
「修道院のワインに、何だって毒が…」ポルトスが聞く。
「どうやら毒が入っていたのはそのコップだけのようだ」残る2つのコップの中身を確認したアトスが言った。
「何だって…?」

その時、周りの喧騒で少し意識が戻ったのか、ダルタニャンの腕の中で修道女がうっすらと目を開けた。

「…ダ…ル…タニャン…?」

苦しそうな息の中、低く呟かれるように発せられたその声に、ダルタニャンはぎくりとした。ヴェールを恐る恐る剥ぎ取ると、そこから見覚えのある豊かな金髪と、自分と同じ特徴を持つ前髪が露になった。

「ア…アラミス…?アラミスなの…か…?」

アラミスが微かに頷く。

―なぜアラミスがここに?銃士を辞め、信仰の道に進んだんじゃなかったのか…?修道院に入るって…まさか…まさかここに…この修道院にいたのか…?

気が動転したダルタニャンの傍で、アトスとポルトスが口々に叫んだ。

「何だって!この女がアラミス?」
「アラミスは女だったのか!?」
「今そんなことどうだっていいだろう!とにかく助けなきゃ!アラミス!アラミス!」ダルタニャンは半狂乱になって叫んだ。
「…そ…そこにいる…のは…ア…トスに…ポル…トス…?」

消え入りそうな声で友の名を呼ぶアラミスを抱き起しながらダルタニャンは叫んだ。

「しっかりするんだアラミス!!誰か助けを!…そうだアトス、解毒剤を!今ならまだ間に合うだろう!」

アトスがアラミスの瞳をのぞき込んで言う。

「無理だダルタニャン、こうなってはもう…手の施しようがない」
「そんな…」

アラミスは何か言いたそうに口を動かしたが言葉にはならず、代わりに口から赤い液体が流れ出た。ダルタニャンは、自分の腕の中でアラミスの青い瞳から徐々に光が消えて行き、身体から力が失われていくのを、ただただ見ているしかできなかった。





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<補足説明>

ヘンなところで区切ってごめんなさ〜い(笑)。…まぁ、こんな感じに秘密バレるのもアリなのではないかと…。

原作のこのシーン読むたびに、アニ三だったらアラミスが真っ先にコンスタンスの危機察知して、コンスタンスを助けるために代わりに毒あおるくらいのことしそうだよなーなんて妄想に昔から駆られている私です(汗)。一応自分の中では今回のようなのと、修道院に匿われたコンスを心配したダルに乞われて修道院に潜入して―っていうのの2パターンあるんだけど、後者だとダルめっちゃ後味悪くて可哀想過ぎるので没にしました。基本妄想ありきの話なので設定やストーリー展開が強引な所があるかもしれないけどその辺は勘弁!ってことでオネガイシマス(苦笑)(…いや、いつものことだけど)

まぁそれはそれとして、実際彼女の秘密がアトス・ポルトスにバレるときっていうのは彼女が死ぬときっていうのが一番ありえそうな気がするんだよね。だってあの人長生きしそうな気がしないし…戦場かどこかで仲間庇って真っ先に死にそう。で、トレビルに手紙で遺書みたいのを託していて、「君達がこれを読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないのだろうが…」なんて書き出しで始まって銃士になった理由とか書いてあるの。

書いた後原作読み返してみたらダル達がベチューヌに着いたのは2日後の夕方ってことになってた…。まぁ劇場版でパリからスイスまで1日足らず?で着いていた皆さんなんだから、丸二日かからずベチューヌに行くなんて朝飯前よね!って開き直るよ!!(笑)。

そういや「サン・ルイの祭日」っていつなんですかね?原作の記述からすると8月下旬か9月初め頃みたいだけど。念のため検索したんだけど出て来なかった…。


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