「私が銃士?女の私が?…面白い冗談を仰いますのね!」
ルネは、アトスのあまりにも突拍子もない言葉にさも可笑しいという風に笑いながら答えた。
「貴女はあの時のアラミスと同じ、金の髪と青い瞳を持っている。瓜二つと言っていい」
「兄妹なのだから、似ているのは当り前ですわ」
「ですが、あまりにも似すぎている。いやむしろ、今の彼の方が昔のアラミスに全く似ていないと言った方がいい」
「そのくらい変装していないと、身内にはすぐにバレてしまうものです」
「…そうでしょうな。しかし、もしこちらに私の言っていることが正しいと証明するものがあるとしたら…?」
「証拠ですって…?」
証拠など、あるわけがないのだ。銃士隊に残してあったものの中で自分の正体がほんの少しでもバレる恐れのあるものは、トレビルに頼んで処分してもらった。それ以外のものについては、すべて兄が握りつぶしてくれている。今更ダルタニャンとジャンが口を割るとは思えない―。
「そんなものがあるのでしたら、ぜひともお目にかかってみたいものですわ」
「…失礼」アトスは、高飛車に言ってのけたルネの腕をつかみぐいと引き寄せた。
「なっ何をするのです!放して!!」
ルネは抵抗しようとするがびくともしない。アトスはルネの大きく開いた襟の部分に手をかけると、左肩の部分を力任せに引き裂いた。
「…っな…何を…ッ」
「何をしている!」
勢いよく扉が開かれ、アンリが部屋に入ってきた。誰も入って来れないよう扉の鍵を手早く閉めると、アトスからルネを奪い返した。
いつも気丈な妹が、腕の中で震えているのが分かる―。ちらりと表情を見やると、その顔は今にも気を失いそうなほど真っ青で、コルセットで腰をきつく締めつけているせいか呼吸もままならないほどだ。
アンリは慣れた手つきで背中の紐を緩めてやると、目の前の男を睨みつけた。
「酷いじゃないか。これがご婦人に対してすることかい、アトス?」
「黙りたまえ。君にアトスと呼ばれる筋合いはない」
「何を言って…」
「その女が“アラミス”なのだろう?」
一瞬、アンリとルネの間に衝撃が走った…が、アンリは努めて冷静さを装いながら言った。
「…やれやれ、銃士だった頃、女みたいな奴だ、ホントは女なんじゃないかと言われて散々嫌な思いをしてきたものだが、君までそんなことを言い出すのかい?」
「しらばっくれるのもいい加減にしたまえ。その肩の傷が何よりの証拠だ」アトスは冷たい声で言い放った。
この傷は、バッキンガム公爵から当時王妃だったアンヌ太后のダイヤの首飾りを取り戻しに行く途中、待ち伏せしていたリシュリューの手下に襲われたときについたものだ。生々しい銃創の痕が、今もくっきりと残っている。
アトスは、アンリに視線を向けて言った。
「君にはなかったはずだな?」
以前4人でフォルジュに温泉旅行に出かけたとき、アラミスの体には傷一つなかったことを思い出す。決して他人に傷の手当てをさせようとはしなかったアラミスだったが、常に隣で戦っていたのだ。傷がどこにあり、どの程度のものだったのかはすぐに察しがつく。それが後に残るものであるかどうかも…。ダルタニャンの祖母お手製の薬のおかげだの、信仰の奇跡だの言っていたが、そんなことはありえない。現に自分だって、銃創や剣でついた刺し傷や切り傷が体の至る所に残っているのだ。
「…妹は昔からお転婆でねぇ。生傷の絶えることがなかったんだよ」
「あくまでしらを切るつもりか…」
アトスは腹が立った。なぜこの2人はこんなにも頑なに真実を隠そうとするのか。アトスにとっては、アラミスが本当は女であったということよりも、アラミスでもない全く見ず知らずの男をアラミスと呼ばせ、友と呼ばせていることの方が、自分達が今まで最も大切にしてきた―少なくとも彼はそう信じてきた―友情に対する背信行為以外の何物でもなかった。
「ならばその女の体を調べてみるまでだ」