アラミスはアトスを連れて、さりげなく窓際へと場所を移した。
「しかし驚いたよアトス。ここで君と会うことになるなんて。パリに来るなら、一言連絡くらいくれてもいいのに」。
―君が来ることを初めから知っていれば、ルネをここに連れてくることはなかったんだが…。
アラミス―いや、アンリは先ほどアトスがルネに気づいたときの表情を見逃さなかった。もしアトスがフロンド派についてくれるのなら、フロンド派はこの上ない心強い味方を得たことになるだろう。だが、自分たち兄妹の秘密―本当は自分がアラミスではなく、ルネがアラミスだったということ―を一発で見破れる可能性のある人物との接触は、できれば避けたいところだ。もし秘密が公になることがあれば、これまでの苦労が水の泡になってしまう。
一体アトスはどこまで気づいているのか、見極める必要があった。しかしどうやって?アトスのような洞察力の鋭い人間に下手に仕掛ければ、疑問に確証をあたえてしまうことになる。とりあえずルネとこれ以上接触しないよう距離を置くことには成功したが、その後のことについては無策に等しかった。
―まずは当たり障りのない話題から始めて、相手の出方を見るしかないな。
アンリはそう心を決めると、言葉を続けた。
「君がここに来たということは、君もフロンド派ということかい?僕はてっきりマザラン側についたのだと思っていたのだけれど…」
「なぜそう思う?」
「だってダルタニャンが訪ねてきただろう?君がダルタニャンの頼みを断るとは思えないから…」
ああ、とアトスは言った。
「確かにダルタニャンは訪ねてきたよ。一緒にご奉公しないかってね。でもなんだか歯切れが悪かったし、そもそも俺自身マザランにはあまり好意を抱いていなかったから、すぐに答えは出さなかったんだ。しかし、かといってフロンド派を支持するほどフロンド派について詳しいわけじゃない。今日はたまたま急な用事でパリに来たんだが、そのついでフロンド派の集まりがあると聞いたんで、顔を出してみたのだ」
「なるほど。両方の言い分を聞いてから決めようというわけか。慎重な君らしいね」
言いながらアンリは思った。理由がなんであれ、仕える相手が誰であれ、仲間のためなら命を惜しまないのが君たちじゃなかったか?この十数年で随分と変わったものだな。これは…秘密を知られたら厄介なことになるかもしれない。
「そういう君こそ、フロンド派に随分肩入れしているようじゃないか。昔はダルタニャンのことを弟の様に可愛がっていた君が彼と敵対することになるとは。やはり都に近いと、マザランの良い噂というのは聞かないのかい?」
アトスは探るような目つきで訪ねたが、アンリはそれをさらりと受け流した。
「うん、そうだね。お察しの通りだ。ダルタニャンには悪いけど、僕は最初からフロンド派だよ。マザランのやりようは本当、目に余るものがあるからね」
そう言ってアンリは、これまで見聞きしたマザランの噂を事細かに語って見せた。
「君も後で、他のサロン連中の話に耳を傾けてみるといいよ」
「ああそうだな。そうするよ。ところで…」
アトスはなるべくさりげない口調で話題を変えた。
「驚いたと言えば、君に妹がいるなんて知らなかったよ」
「うん、今日初めて話した」アンリもさりげない口調でそれに答えた。
「君によく似ているじゃないか。特に銃士だったころの君にそっくりだ」
「ま、兄妹だからな。似ているところがあっても不思議じゃない」アトスの、より一層深くなった探るような眼差しに対し、アンリはさも何でもない風に答えた。
「歳はいくつになるんだ?」
「おいおいアトス、随分と不躾な質問だな、君らしくもない。見た目通りでいいじゃないか?」
アトスはしまったと思った。少し急ぎ過ぎたか…。
「あ、ああそうだったな、すまない。ところで結婚はしているのかい?どこぞの貴族のご婦人という感じだが…」
「いや、残念ながら結婚はしていない」
「なぜ?」
「昔婚約者を亡くしてね。それ以来結婚は嫌だというのだ」
「ほう、その亡くなった婚約者殿への操立てというわけか。なかなか身持ちの良い、立派なご婦人じゃないか」
「そうかな。お蔭で今じゃ僕が後見人みたいなもんだよ。全く、世話が焼けると言ったらありゃしない…」
年齢のことと言い、随分とおかしなことを聞くじゃないか、とアンリは心の中で呟いた。ラ・フェール伯爵家といえば由緒正しい貴族の家柄。それなりの教育を受けているはず。そんな男が、女性―しかも一応は初対面ということになっている―に対してこんな質問をするだろうか?ぱっと出の二流三流貴族じゃあるまいし。まさか…。
ここまで考えて、アンリは一つの結論に行きついた。
―伯爵は、すでに秘密を見破っている。欲しいのはそれを裏付ける証拠だけだ―
こちらの事情をそれとなく察して、手を引いてくれるつもりはないらしい。
そこまで分かればもう用はなかった。適当に話を切り上げ、早急に次の手を打たなければ。
ちょうどその時、一人の紳士がデルブレーさん、と声をかけてきた。先ほどアトスに紹介した紳士のうちの一人だった。
「スカロンさんがあなたをお探しですよ。なんでも、新しい詩が出来上がったので、ぜひあなたにも聞いてほしいとかで」
「またマザランを風刺する詩でも浮かんだのですかな?懲りない方だ。アトス、話の途中で悪いが失敬するよ。サロンの主の頼みを無下にするわけにもいかないのでね。ああそうだ君」と今度は声をかけてきた紳士に向かって言った。
「こちらの伯爵に、ここしばらくのパリの情勢について話して差し上げたまえ。伯爵は我々の活動に、大変興味がおありのようだから」
そう言って2人に軽く会釈すると、アンリは人ごみの中に消えて行った。