すり替わったアラミス―二十年後④

2人は取り留めのないことを話ながら村を横切った。話しながら、ダルタニャンはこれまで起こったことを頭の中で整理していた。

先ずパリ大司教の家の前で襲ってきたならず者たちのこと。名前は名乗らなかったが、大将格の男の声には聞き覚えがあった。多分宮廷かどこかで耳にしたのだろう。あれは確か、ロングヴィル夫人との関係が噂されいる公爵の1人だった気がする。アンリが先ほどまでロングヴィル夫人の住まいにいたのは確かだし、そうなるとなぜ彼が狙われていたのか自然と分かるというものだ。

それと、アンリに誘いの話を持ってきた連中というのが気にかかる。アンリとロングヴィル夫人との関係やアンリが話した内容からして、フロンド派と繋がりがあるのは確実だ。いや、もっとざっくばらんに言ってしまえば、アンリはフロンド派だと考えた方が良い。そしておそらくアラミスも…。

彼の心の内には16年経った今でも、アラミスはアトスとポルトスに本当のことを話すべきだという思いが強く残っていた。政治的なことでアラミスが単独で動くことはないだろう。動くとしたらアンリと一緒になるはずだ。この2人が自分達と一緒に行動すればいつか必ず秘密を明かす機会がやってくると踏んでいたのだが…どうやら今回は望み薄のようだ。

村の入り口までやってくると、アンリはダルタニャンに向かい合い言った。

「じゃあ、きみ、これで。今日はわざわざ訪ねに来てくれてありがとう」
「僕も思いもかけず君に会えて嬉しかったよ。君の妹の面白い話も聞けたし。彼女によろしく言っといてくれ」
「ああ、伝えておく」

2人は別れの抱擁を交わした。ダルタニャンは馬に跨ると、そこでもう一度アンリと握手をした。これが本物のアラミスだったら「アトスとポルトスによろしく」とでも言ってくれるのだろうが、もちろんそんな言葉が返ってくるわけもない。

ダルタニャンは馬に拍車をかけると、パリの方へ遠ざかって行った。

アンリはじっと道の真ん中で立ち尽くし、ダルタニャンの姿が見えなくなるのを確認すると、傍らの茂みに向かって静かに口を開いた。

「隠れてないで出てこいよ、ルネ」

茂みの中から、外套を着たアラミスが姿を現した。

「後つけていたこと、気づいてたんだ?」
「気づかないとでも思ってたのか?屋敷の中でもお前ずっと俺たちの話聞いてただろう?」

バレたか、とアラミスはいたずらを咎められた子供のように舌を出した。

「そんなに彼のことが気になるのなら、最初から出てくればよかったのに」
「あら、そんなことして良かったの?」

アラミスはクスクスと笑いながら問いかける。アンリは苦笑した。

「全くダルタニャンも、そんなに4人一緒に行動したけりゃ、こちら側につけばいいのにな」
「仕方ないわよ。国王陛下の近衛銃士隊っていっても、今じゃ実際にはマザランの親衛隊みたいなものだもの。マザランの命令には逆らえないわよ」

2人は腕を組むと元来た道を歩き出した。

「で、どうするんだ?ダルタニャンはマザラン派だぞ。後の2人もダルタニャンに付くんじゃないのか?」
「お兄様はどうするの?鞍替えするつもりはないんでしょ?」
「そりゃあロングヴィル夫人がいるからな。…でもお前は違うだろう?」
「まさか。私だって、こちらの“身元”がバレるようなことしたくないもの」

4人で行動してうっかり「アラミス」などと呼ばれてしまっては元も子もない。そもそも「アラミス」である兄本人を差し置いて自分がその「生死を共にすると誓った」仲間と行動を共にするというのも、極めて不自然というものだ。

何より、自分は兄の「影」として、兄のもう一つの目となり耳となると心に決めている―。

「そうか。それを聞いて安心したよ。じゃあ俺はこれからロングヴィル夫人に会いに行くから」
「え?また?さっき戻って来たばかりなのに?」
「あんなことがあったんだ。心配してるかもしれないだろ?」

怪訝な顔をしている妹に、お前は自分の恋人が恋敵に襲われて心配じゃないのかよ、と聞き返す。今日は随分帰りが早いと思ったらそういうことがあったのか、とアラミスは思わず苦笑した。

 2人は大司教の別荘へと続く道の前で立ち止まった。

「じゃあ、また縄梯子、用意させておくわね」
「そうしてくれると助かるよ。バザン先生が相変わらず、玄関に陣取っているだろうからな」
「さっき出てくるとき確認したけどそりゃあもう、枕を抱えて番犬の如く、玄関のど真ん中で眠ってたわよ」
「全く、わざわざフランスまでついてくることなかったのにな」

2人は声を立てて笑い出した。

「気を付けて。また襲われないようにね」
「お前も。夜道には充分気を付けろよ」

そう言うと、アンリは大司教の家に向かって歩き出した。

―旦那さんはもとより他に恋人だっているのに、よくそんな女(ひと)と付き合えるなぁ…。

アラミスは自由奔放な兄の後ろ姿を見送りながら再び苦笑した。尤も兄に言わせれば、自分の方がよっぽど自由奔放過ぎるのだそうだが。

屋敷へと続く道を進もうとして、アラミスはふと足を止めた。先ほどダルタニャンが言っていた言葉が脳裏に蘇ってきたのだ。

『僕たちはその昔、一心同体だった。今はバラバラの道を歩んでいるけど心は昔のままなんだから、僕たちの勇気と運命を、もう一度一つにしたいんだ!』

ごめんね、ダルタニャン―アラミスはパリの方角を振り返ると、その先に消えた友人に向かって心の中で語りかけた。

―道なんて、もうとっくの昔に違(たが)っているんだ。私たちが銃士を辞めた時から…いや、君たちと私とでは、生まれたときからすでに違っているんだよ。何の運命の悪戯か知らないけど、たまたま、ほんの一瞬だけ、道が交わってしまっただけ。そう、ただそれだけ…。

―例えどんなに望んだとしても、この道を再び元に戻すことなんてできやしないんだよ。

アラミスの周りを一陣の風が吹き抜けた。風で吹き飛ばされないよう、外套のフードを片手で強く押さえつける。

―この風に乗って、この思いも彼のもとに届くだろうか?

雲の切れ間から顔を出した月が、彼女の行くべき道を照らす。

アラミスは何かを振り切るようにパリの方角に背を向けると、屋敷に向かって走り出した。

~終~

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