すり替わったアラミス―二十年後③

嘘だな、とダルタニャンは直感した。元々嘘を見抜くのは得意な方だったのだ。思い返せば、昔から彼が自分に対して言った言葉のほとんどが、嘘と方便だった気がする。

「そうか。実は君の妹の退屈しのぎになりそうな話があるんだ」
「へぇ…」アンリはさも興味津々といった感じで相槌を打つと、「話してくれたまえ」と先を促した。

「実はこの村の来たのは命令を受けてのことなんだ」
「命令?」

アンリの目が一瞬、きらりと光った。

「うん、昔の仲間を探しに行けという命令さ」
「君の昔の仲間なんて、50人は下らないだろう?そんな大勢の仲間を探しに行くなんて、君も大変だな」
「いや、仲間と言っても3人だけだ。さるお偉方が昔の武勇伝を聞きつけて、仲間に引き入れたいと思ったらしい」
「ほう。それで先ずパリにほど近いこの村を訪れたってわけか。この後はピカルディとブロワに行くというわけだな。まるで友情の殿堂を巡礼していくかのようじゃないか」

アンリは笑いながら言った。

「確かに、妹に言ったら喜びそうな話だね」

―乗るかどうかは別として、な。

「だろう?さしあたって君も、フランスでは神父稼業しかやることないみたいだから、君にとっても良い退屈しのぎになるんじゃないかなと思うんだけど…」
「そうだな。確かに君の言う通り、フランスの政治に首を突っ込むのだとしたら、今が一番面白い時期だと思うね」
「フランスに戻って来たばかりの君に、なぜそんなことが分かるんだい?」
「スペインにいたって、フランスの政治情勢は多少は耳に入ってくるさ。隣国だし、何せ今の太后はスペイン出身だからね。それにこっちに戻ってきてからも、サロンや他の貴族の屋敷に出入りしている内に、色んな噂が耳に入ってきたんだよ」
「そんなことだろうと思ったよ」
「さっきも言った通り、俺たちはまだフランスに戻って来たばかりだから、これから俺が言うことは全部他人からの受け売りだと思って聞いてほしい。何でもマザラン枢機官は、このところ事の成り行きをひどく気にしているそうだね。前の枢機官には皆随分気兼ねしていたそうだが、マザランの威光は彼ほどではないようだ。あれは低い家柄に生まれた成り上がり者で、フランスに来てからも策を弄するばかり。リシュリューは誰にでも年金を出したが、マザランは王室の金をくすねては私腹を肥やす。態度や気持ちには貴族らしいところはなく、この宰相はプルチネロやパンタロンとかいった道化役者に過ぎないそうだな。金を出さないから高等法院も市民も味方に付いてくれないし、貴族にそっぽを向かれているのは、武力がないせいだからだろう?」
「そうだな、ある程度はまぁ、当たっているかもしれないな」

ダルタニャンは頭をかいた。確かにその通りだからだ。

「君にそう言われると嬉しくなるね。フランスの政治情勢に疎い俺が、宮廷に仕えている君と同意見だとは」
「確かにマザランは君の言う通りだけど、強力な味方がついてるぜ」
「なるほど、太后がついている。でも国王は味方じゃない。マザラン派の連中は国王はマザランの味方だなどと吹聴しているそうだが、お可哀想に、まだ子供なので敵どもの罠にかかっておられるのだろう。尤も、こんなことを君に話すのは間違っていたかもしれないな。君はどうやらマザランに大分傾倒しているようだから」
「僕が?冗談じゃない!」
「命令を受けたとか?」
「命令を受けた?誤解しないでくれよ。僕はただ、フランスの政局が怪しくなってきたから、風向き次第によっては一暴れしてみようじゃないかって思っただけなんだ。僕たちはその昔、4人の勇敢な銃士で一心同体だった。今はバラバラの道を歩んでいるけど心は昔のままなんだから、僕たちの勇気と運命を、もう一度一つにしようじゃないかってね!」

ダルタニャンはしまったと思った。慎重に行こうと思ったのに、ついうっかり本音が出てしまったからだ。

「なるほどね。まぁ、君が誰の命令を受けたのかなんてのはあまり詮索しないことにするよ。このご時世、誰だって腹心の部下は欲しいだろうし、俺の所にも昔の手柄を聞きつけた連中から誘いの話が何度か来たしね」

―何だって…?

ダルタニャンはゾクリとした。ここにも誘いの口が来た…?アラミスの昔の噂を聞きつけて…?そういえばさっき大司教の家の前で出会った連中は明らかにアンリを探していたし、アンリとダルタニャンが「お互い助け合う仲」だと思い込んでいた。ということはつまり、もうすでにそこまで「既成事実」が浸透しているのか…?

アンリは言葉を続けた。

「でも俺はあまりフランスの政治に首を突っ込むつもりはないよ。スペインの政局なら多少の関心はあるが、フランスの政局には全く興味がないからね」
「じゃあ君は、マザラン側にもフロンド側にも、どちらの側にもつかない、ということかい?」
「ああ。正直な話、あまり目立ちすぎてこちらの家庭の事情が表沙汰になるようなマネはしたくないからね。どちらかについて、君たちの誰かと敵対するなんてことになったら妹が悲しむだろうし。せっかく故郷に戻って来たんだ。俺も今年で45になるんだし、高みの見物でもしながら、面白おかしく穏やかに暮らすことにするさ」

ダルタニャンは再び「え?」と思った。今何て言った…?アンリが45…?

「あ、あのさアンリ、一つ君と取決めしたいことがあるんだけど…」

ダルタニャンは微笑を浮かべながら尋ねた。

「取決め?」
「これから先の僕たちの年齢のことなんだけど、僕が銃士になったばかりのとき、アラミスは僕より6つほど年上だった。でもこの間、副隊長権限で過去の隊員の名簿を見せてもらったら、アラミスの実際の年齢はそれより2つほど上になってたんだけど…」
「何を言っ……………………………………あっ!」

アンリは思い出した。十数年前、ルネが銃士隊に在籍していた痕跡を消すため、トレビルに隊員名簿の改ざんを頼んだのだ。まさか生年月日まで書き換えられていたとは…。

いや、いかなる小さな綻びも抹消するに越したことはないのだが、これでは堂々と齢をサバ読めなくなってしまうではないか!

―あの親父、余計なことを…!!

そんなアンリの心の内を知ってか知らでか、ダルタニャンはポンと片手をアンリの肩に置くと、殆ど周りからは聞き取れない小さな声で囁いた。

「秘密、バレちゃまずいんだろう?用心が肝心だぜ」

いつも感情を表に出さないアンリが激しく動揺したのを見て、思わずニヤリと笑う。なんだか初めてこの男から一本取れた気がした。

「そうか。じゃあこちらの思い違いだな。実際に名簿を見た君がそう言うんだからそうなんだろう。そうすると俺は今年で47か」アンリはすぐにいつもの取り繕った表情に戻ると、ダルタニャンの耳元で小声で囁いた。「ご忠告痛み入るよ、ダルタニャン」

「どういたしまして」とこちらは笑いを堪えながら言う。

「それじゃあ、君はどちらの側にもつく気はないんだね?」

ダルタニャンは念を押すように聞いた。

「ああ。理由はさっき言った通りだ。枢機官派もフロンド派も、願い下げだよ」
「じゃあ僕はこれで失礼するよ」
「そうだ、せっかく来たんだ、妹に会って行くかい?」
「いや今日はもう遅いし、また今度にするよ。これからアトスとポルトスにも会いに行かなきゃいけないし」

ダルタニャンはアンリの親しみのこもった口調とは裏腹の、油断のならない視線に気づいて言った。アラミスに会いたいのは山々だったが、ここで「じゃあ会おう」と言ってしまっては負けなような気がした。

「そうか。そうだったな」
「じゃあ、さよなら」
「いや、このまま別れるのも何だから、その辺まで送っていくよ」

アンリはそう言うと窓を開け、再び縄梯子をかけた。

―俺がアラミスに会わずにちゃんと帰るかのかどうか、見届けるつもりなんだな。

ダルタニャンは心の中で呟いた。

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