すり替わったアラミス―二十年後②

アンリは屋敷に着くと、裏口から中に入るようダルタニャンに言い、明かりのついている窓の下に馬を停めさせた。アンリが馬から飛び降り手を3つ叩くと、たちまち窓が開いて縄梯子が下りてきた。そして

「さあ、上がってくれ。馬は厩に入れておくよう使用人に言ってあるから」

と言うなり、自分はさっさと縄梯子を上って部屋に入ってしまった。ダルタニャンもその後に続いたが、元々身軽で過去にはノートルダム寺院の壁をよじ登ったりしたこともあるとはいえ、さすがにこういうのには慣れていないせいか足取りはややぎこちなかった。

「失礼。お出ましになると分かっていたら庭師用の梯子を用意させたんだが…。そういえば腹が減っていると言っていたね。俺も夕飯はまだだし、何か食べるものを用意させよう」

ようやく部屋にたどり着いたダルタニャンに椅子を進めると、アンリは縄梯子を引き上げ、窓を閉めた。そして呼び鈴で人を呼び、食事を運んでくるよう言いつけた。

「どうしたんだいさっきから。何か狐につままれたような顔をしているじゃないか?」

アンリは、ダルタニャンの向かいの椅子に座りながら問いかけた。

「あ、いや、君は自宅に入るのにいつもこんなことをしているのかなと思って…」
「ああ、これか…」

アンリは少しバツが悪そうな顔をして話し始めた。

「妹のお転婆っぷりは君も良く知っているだろう?」
「うん…まぁ…」
「スペインに行ってもその性格は治らなくてさ。いや、むしろ周りを気にする必要がなくなったせいか妙に羽を伸ばし始めて…」
「えっ!君たち、スペインに行っていたのかい?」

丁度その時、部屋の扉が開いて豪勢な食事が運ばれてきた。アンリはいかにも食通らしい手つきで鶏やシャモやハムなどを切り始めながら、「そうだけど。言ってなかったかい?」と答えた。

ダルタニャンはしゃあしゃあと真顔で切り返したアンリに「君が教えてくれなかったんじゃないか!」と怒鳴り散らしたくなったが、今ここで話の腰を折るのは適切ではないと思い、話の先を促した。何より、あの後のアラミスが気になる。

「うん、それで、さすがの俺も手を焼いてね。まだあっちに行ったばかりで言葉にも不自由していたこともあったから、素行矯正も兼ねて家庭教師を付けたんだ」
「へぇ…」

ダルタニャンは可笑しくなった。アンリの言う「アラミスの羽の伸ばしっぷり」が手に取るように分かったからだ。それにしても、この男の手を焼かせるなんてさすがアラミスだな、とダルタニャンはしきりに感心した。アンリは話を続けた。

「口うるさい奴だけど、昔フランスから連れて行った古参の従者が近所の教会で子供たちに読み書きを教えていたから、丁度いいと思ってね。そしたら…」
「そしたら?」
「バザンの奴、この俺の素行の方が気に入らんなどとぬかしおった!」

バザンというのが、その従者とやらの名前らしい。

「き…君の素行?」
「何でも、朝帰りが気に食わんらしい」
「あ…朝帰り???」
「ほら、公爵ともなると色々人付き合いっていうものがあるだろう?国王陛下に呼ばれたり、他の貴族の屋敷やサロンに出入りしたりその他諸々…。それで帰ってくるころには日付が変わったり、明け方になったりなんてことが良くあるんだよ」

いかにも貴公子然としていて非の打ちどころがなさそうなこの男の素行のどこに問題があるのだろうと思っていたダルタニャンは、なるほどそういうことか、と納得した。おそらく「その他諸々」の事情が大半を占めているのだろう。そういえば昔アラミスが「兄は女遊びが派手なのが玉に傷」と言っていたことがあるような気がする。

「まぁそんなわけで、修道院張りに厳しい門限を作られてしまったというわけさ。今じゃ夜8時を過ぎると窓から出入りするより仕方なくなったんだよ」

アンリは、半ば諦めたような口調で言った。

「でも所詮は従僕の言うことだろう?主の君の差配で何とかできなかったのかい?」
「あいつも随分と頑固者で言いだすと聞かない奴だからね。それに俺も妹も、こういうことは嫌いじゃない方だから…」

ダルタニャンはぷっと吹き出しそうになった。なるほど、むしろ楽しんでやっているというわけか。2人して。

窓から嬉々として出入りしているであろうアラミスの姿を思い浮かべ、ダルタニャンは愉快な気持ちになった。それにしても、「妹の素行矯正」と銘打っておきながら、その妹の「素行の悪さ」にさらに拍車がかかったことに、この男、気づいているのかいないのか…。


食事も話の種もなくなったので、ダルタニャンとアンリは差し向いになったまま、しばらく黙りこんでいた。ダルタニャンは、ここに来た目的をどう切り出そうかとしきりに頭をひねっていたし、アンリはアンリで、なぜダルタニャンがこの村に現れたのか、その理由を何としても突き止めたいと思っていた。

アンリがまず沈黙を破った。

「どうしたんだい、ダルタニャン。何をそんなにニヤニヤしているんだ?」
「いや、アラミ…いや、君の妹は相変わらずなんだなって思ってさ」

ダルタニャンはどうしてもアラミスのことを「ルネ」と言い慣れなかったので、うっかり口にしてしまった名前を慌てて言い換えた。

「フランスに戻ってきてからも、結構退屈してるんじゃないのかい?」
「そうかも知れないな」

アンリは笑いながら答えた。

「誰に似たんだか知らないが、困ったものだよ。何か面白そうなことが起これば、すぐそこに首を突っ込みたくなるみたいなんだ。大人しくしていないと周りに迷惑が及ぶってことはよく分かっているはずなのに。全く、人間とは矛盾だらけの生き物だとはよく言ったものだよ」
「うん、わかる気がするよ。ところで、君はなぜ僕がこの村の来たのか、聞きたいとは思わないのかい?」
「別に聞きたいとは思ってない。ただ、君が切り出すのを待っていたんだ」

抜け目のない奴だな、とダルタニャンは思った。十数年に及ぶ宮仕えで、ダルタニャンはこの手のタイプを相手にするときは用心するに越したことはない、ということを実感していた。これまではアラミスの兄だからということで無条件に信じ過ぎていた部分があったのだが…やはりこれからは用心してかかった方が良いのかもしれない。

「その前に一つ聞いておきたいことがあるんだけど…君は、今のフランスの情勢についてどの程度知っているんだい?」
「大して知りはしないよ。なにせつい最近フランスに戻って来たばかりだからね」

<<before  next>>

2次創作置場トップへ
ブログへ