すり替わったアラミス―旧友会見の時迫るA



一方その頃、ボーフォール公の護衛の任務から離れたアトスとアンリは、フォーブル・サン・タントワーヌからパリの街に入っていた。約束までまだ多少時間があるからとしばらく宿で時間を潰すことにしたのだが、部屋に入るなりアンリはあからさまに不機嫌な表情になった。

「おいデルブレー、何もそんなに腹を立てることはなかろう」
「腹を立てたくもなるさ伯爵。まったく貴方は、余計なことをしてくれたな」

スカロンの家での一件以来、アトスはアンリのことを「アラミス」ではなく「デルブレー」と呼んでいた。元々アラミスではないのだからアラミスと呼ぶ筋合いはないのだし、そもそも偽名を使う必要自体もうないのだから本名で呼んでも差支えなかろう、というのがその理由だった。アンリもアンリで、あの夜以降アトスのことは「アトス」ではなく「伯爵」と呼んでいる。いくら妹との約束があるとはいえ、その妹を辱めようとした男を仲間同士の呼び名で呼んでやる義理はないと思ったからだ。「アラミス」として周りから不信に思われない程度に友人として接し、フロンド派の同志として行動するのがせいぜいだった。


アンリが腹を立てているのには理由があった。ヴァンドーモア街道でダルタニャンとポルトスと一戦交えた際、敵味方に分かれた4人の溝を埋めるため、アトスが会談を申し込んだのだ。本来なら、脱獄したボーフォール公を助け、無事護送した後は解散となっていたはずなのに、こんな一触即発の会談に自分も「アラミス」として参加しなければならなくなったのだ。しかも相手の内の1人は何かというと妹を自分達の側に引っ張り出そうとするダルタニャンだから、やりにくいことこの上ない。


「本当に僕も行かなければならないのか?」
「当たり前だろう。君はアラミスなんだから」

アトスは何とか機嫌を直してもらおうとまぁ一杯、とグラスにワインを注いだ。アンリは「君達じゃあるまいし、こんなので機嫌が直るわけないだろう」と心の中で毒づいたが、喉も乾いていたので一気に飲み干してしまった。

丁度そのとき、遠くの方で9時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。

そろそろ出発の準備をするかと立ち上がったアトスは、剣帯を外すと剣と銃をテーブルの上に置いた。


「何をするんだ?」アンリが怪訝そうに聞く。
「これからダルタニャンとポルトスに会いに行んだ。武器は宿に預けて行こうと思ってね」

その言葉に、さっき一気飲みしたせいで回ってきた酔いが一気に冷めた。アンリは激しく反発した。

「冗談じゃないよ伯爵。悪いが貴方の考えには賛成できない。というか、僕の意見を聞いて欲しい」
「なぜ?」
「だってこれから戦争の談判に行くんだろう?ヴァンドーモア街道の続きを、新王宮前広場でやるんじゃないか。それを丸腰で行くなんて…」
「だが相手はダルタニャンとポルトスだ。仲直りをしに行くのに、なぜ武器を持っていく必要があるというのだ?」

威厳たっぷりに言ってのけたアトスに、アンリは大きくため息をついた。

「確かに貴方は高潔な人だが、事態を今一つ呑み込めていないようだな」
「どういう意味だ?」
「マザランがこの会談を利用して、僕達を逮捕しないとも限らない、という意味だ」
「あの2人がそんな卑劣な手段に手を貸すはずなかろう」

アトスはさらりと言うと、さあ君のも一緒に…とアンリの武器に手をかけようとした。アンリはその手を静かに払いのけた。

「友人同士なら確かに卑劣な行為だが、敵同士ならそれが策略と言うものじゃないか」
「しかしもしあの2人が丸腰で来たら?我々の恥だぞ」
「安心してくれ。絶対にそんなことはないはずだから」
「なぜそう思う?」
「ダルタニャンが僕のことを疑っているからだよ。彼は以前から僕達兄妹のことを知っているからね。街道では随分と不信な目でこちらを見ていたじゃないか。ダルタニャンの奴、君がフロンド派についたのは、僕が何か策を練ったに違いないと思っているに違いない」
「おい、デルブレー!デルブレー!」アトスは堪らなくなって叫んだ。
「仕方ないじゃないか伯爵。結果的に貴方は、彼の期待を裏切ってしまったのだから。貴方はダルタニャンの誘いに、はっきりと返事をしなかったのだろう?」

アトスは難しい顔をした。

「彼はきっとこう思っているはずだ。『あの男は俺達がアトスに手を出せないのを知っていて、迷っているアトスを言葉巧みに自分達の側に引き入れたのだ』ってね」

アトスは苦しそうな表情をして言った。

「だったら尚更、武器は捨てて行かなければ。こちらに誠意があることをきちんと彼に示さないといかん」

アンリは再びため息をついた。

「…伯爵、もう子供ではないのだから、少しは立場をわきまえてもらいたいものだな。貴方が丸腰で行くなんて、承知できるわけないだろう?貴方はわが党を代表する人物だし、党人達の信用も集めているんだ」

アトスは相変わらず苦しい表情を崩さない。

「それに話を元に戻すようだが、お偉方にとってはこちらの友情なんて、全く関係ないことじゃないか」
「しかし…」
「それに“友情”というなら、貴方と僕の妹の間の友情も大切にしてもらいたいな。貴方にもしものことがあったら、僕は妹に何て言えば良いのだ?」

アンリはテーブルの上に置いてあった剣を手に取ると、ゆっくりとアトスに差し出した。

なかなか武装を承知しないアトスに対し妹の名を使うことは、アンリにとって最後の切り札だった。伯爵がなぜ自分達の側についたのかは明明白白だったからだ。そんなに4人の友情が大切なら、それこそどちらの側にもつかず中立を守っていれば良かったのだ。妹の身の上を哀れに思ったのか、3対1では可哀想だと思ったのかは知らないが、いずれにしろこの男は他の2人との友情より、たった一人の女への情を取ったのだ。アンリも良く知るその感情は、少なくとも彼の中では「友情」のカテゴリーには属さないものだった。

「…分かった。君の言う通りにしよう」

果たして、アトスは剣を受け取った。

「だが君こそ覚えておきたまえ。我々4人の仲に亀裂を生じさせることは、彼女が一番嫌う行為だということを」

そう言い捨てると、アトスは宿を後にした。


―いや違うな。例え4人がバラバラになったとしても、君達が危険な目に合うのを見たくない。それが彼女の望みだ。

そう言いかけたが、

「肝に銘じておきますよ」

アンリはニヤリを笑うと、アトスの後に続いた。


〜終〜


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