すり替わったアラミス―旧友会見の時迫る@



チクトンヌ街にある自宅で、ダルタニャンは憂鬱な顔をして座っていた。目の前ではポルトスが、ビスケットにワインを浸しながら食べている。コンスタンスは王宮でアンヌ太后についてた(このご時世、王宮にいることに多少の不安がないといえば嘘になるが、暴動寸前のパリの街にいるよりは遥かに安全なのは間違いなかった)。大して広くもない家で、ダルタニャンはこの巨人と二人きりだった。

ダルタニャンはこの日、幾度目かのため息を漏らした。

「ダルタニャン、そんなにため息ばかりついてちゃ、余計に辛気臭くなるぜ」

ほら食えよ美味いから、とポルトスはワインに浸したビスケットを1枚、ダルタニャンに渡す。ダルタニャンはそれを機械的に受け取り口に運んだ。

「確かに美味いな」
「だろ?」

一瞬表情が緩んだダルタニャンだったが、すぐまた沈んだ顔つきに戻ってしまった。近所の教会から9時の鐘を打つ音が聞こえる。ダルタニャンはビクリとした。

「あ、もう9時か。10時には新王宮前広場に行くことになっているんだったな」
「よしてくれよポルトス。昨日からそのことで塞ぎこんでいるんじゃないか」

昨日、ダルタニャンとポルトスはマザランの屋敷で、ボーフォール公がヴァンセンヌの監獄から脱獄したという報を受けた。直ちに追撃命令が下され追撃に向かった2人だったが、あと一歩の所で取り逃がしてしまったのだ。

ボーフォール公の件に関しては、ダルタニャンが途中で参事官のブリュッセルを偶然跳ね飛ばしたこともあり実質お咎めなしとなったのだが―それでも潰した馬の値段を回収するのがせいぜいで、ご褒美までは行かなかった―、問題はボーフォール公の脱獄を手助けした人物だ。

「まさか、アトスとアラミスだったなんてなぁ」

相変わらずビスケットをつまみながら、ポルトスがダルタニャンの心情を思いやる様に言った。

アトスとアラミスが50人の手勢を引き連れて、護衛としてボーフォール公につき従っていたのだ。アトスの提案で4人の全面衝突はとりあえず避けられたのだが、今日、新王宮前広場で自分たちの今後のことについて話し合うことになった。

その時間が間もなく訪れようとしていた。

「ああ、行きたくないなぁ…」ダルタニャンがぽつりとつぶやく。
「なぜ?」
「だって、俺たちの仕事が台無しになったのは、あの2人のせいじゃないか。会うのはあまり気が進まないよ」
「しかし、はっきり勝負がついたわけじゃないだろう?俺はまだ弾丸を込めた銃を1丁持っていたんだし、君だって剣を手に渡りあっている最中だった」
「そうだけど…もし万が一、この会見に何かからくりがあるとしたら…?」
「おいダルタニャン、まさか本気でそんなことを…」

まさしくその通りだった。アトスがその手の策略を弄するような人物ではないことはダルタニャン自身よく分かっていた。だが、彼の頭の中からは「なぜ?」「どうして?」という言葉が消えない。

ダルタニャンは堰を切ったように話し出した。

「ブロワでアトスに会ったとき、アトスはこちらの提案にはっきりと応えなかった。マザランは嫌いだがフロンド派のことはよく分からない―って。なのに、俺たちの知らない間にフロンド派になってた。アトスとアラミスは2人して公爵の味方になって、俺たちに隠れて陰でコソコソやっていた…昨日それがはっきりしたんじゃないか。今日出かけて何か分かったところで、一体何の役に立つっていうのさ」
「じゃあ、本気で警戒しているのか?」
「うん。もしボーフォール公が俺たちを逮捕しようとしているとしたら…?」

ダルタニャンの不信はピークに達していた。あの時アトスは確かに迷っていた。あれは演技だったのか?いや、そんなそぶりは全くなかった。おそらく自分が会った時点では本当だったのだろう。ではなぜ黙って自分と対立する道をわざわざ選んだのか?もし知っていたら彼に邪魔されるような仕事を引き受けることはしなかったのに。もしかしてアンリが策を弄したのか?一体いつあの2人は接触したのだろう?


「俺はそんなに警戒する必要はないと思うんだがなぁ」

思いつめたようなダルタニャンとは対照的に、ポルトスはのんびりした口調で言った。

「一度捉えた我々を逃がしてくれたんだし。それに、いつものことじゃないか」
「いつものこと…?」
「そう、アラミスが単独行動に走って、その真意をアトスが察して行動を共にする。昔と何も変わらない、いつものことさ」
「いつものことだって…?」

確かにあれが本当のアラミスだったら、アラミスが何か秘密を嗅ぎ付け、アトスがそれに同調し、今度の会見でこっそり自分達にその秘密を打ち明けてくれることを期待できるのかもしれない。少なくとも彼女が自分達を危うくするような計画に本気で乗ることはないはずだ。だが今のアラミスは違う。少なくとも彼と自分達との間には、信頼の土台となるべき「友情」がないのだ。

ダルタニャンは余りのもどかしさに思わず拳でテーブルをドン!と叩いた。

「お…おいダルタニャン、俺今何かまずいこと言ったか…?」

ポルトスが、その大きな体をちぢこませながら言った。

ダルタニャンはもう何もかもぶちまけたくなった。アラミスが本当は女だということ、今のアラミスは本当のアラミスではないこと。全てを目の前にいる友人に話したくなった。本当のことを知ったら、ポルトスだって自分の気持ちをきっと分かってくれるに違いない。

だが、そう思い口を開こうとした瞬間、ダルタニャンの脳裏に16年前、肩を震わせながらアトスとポルトスからもらった手紙を焼き捨てているアラミスの姿がちらついた。…やはり無理だ。自分には彼女の気持ちを裏切ることはできない。

ダルタニャンはこう言うのが精いっぱいだった。

「アラミスはここ数年で全く人が変わったんだ。君はもう何年も会ってないから分からないだろうが…。目的のために俺たちがいては邪魔だと思ったら、さっさと片付けるかもしれない」
「そうかぁ?」
「そうだよ」

公爵が自分達を捉えようとしたとき、釈放を進言したのはアトスで、アンリはただ傍観しているだけだったのだ。

「そうかなぁ…?」

ポルトスは、久しぶりに会った友人の姿を思い浮かべて言った。


「まぁでもいずれにしろ、会談に行かないわけにはいかんだろう」ポルトスは立ち上がると、ダルタニャンの肩をポンポンと叩いた。「行かなければ、俺たちが臆病風に取りつかれたと思われることになる。なに、街道で50人を相手に堂々と戦ったんだ。新王宮前広場で2人の旧友に会うのを恐れる必要はないさ」

―旧友、か。

ああやはりもどかしい。アラミスはなんて厄介なことをしてくれたのだろう。ため息をつきたいのをぐっと堪え、ダルタニャンは自分のことを心配してくれている友人に微笑みを返しながら言った。

「うん、そうだな行こう、ポルトス。充分武装していく必要はあるだろうが、君の言う通り、行かなければ臆病風に取りつかれたと思われることになるぜ」

2人は剣と銃を持つと、新王宮前広場へと向かった。


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