―出逢い〈1〉―


「何だって!アラミス、君は銃士隊に戻らないのか?」


皇太后に機密文書を返し、トレビルに報告を行った後、いつもの居酒屋に行ったダルタニャンとアトス、ポルトスは、アラミスの突然の言葉に驚きを隠すことができなかった。皇太后との秘密の任務も終わったことだし、てっきり銃士隊に戻ってくると思っていたからだ。

「うん、いろいろ考えてさ。このまま銃士を辞めることにしたんだ」
「銃士を辞めて…それで君は、どうすんだい?」

この中で唯一アラミスが女性で、銃士になった経緯を知るダルタニャンが心配そうに聞いた。

「しばらく実家で過ごして…それから修道院に入ろうと思ってる」
「修道院?」
「前々から考えていたことなんだ。銃士を辞めたら都の喧騒から離れて、俗世からも距離を置いて、心穏やかに祈りを捧げながら静かに過ごすのも悪くないかなって」
「でもだからって、何だって今…」

ポルトスが納得できんといった調子で口を開いた。それを誰もたしなめなかったということは、3人共同じことを考えていたのだろう。

アラミスは、コップに注がれたワインに映るロウソクの光を楽しむように目を細めると、静かに言った。

「いつまでも、銃士を続けていられるわけじゃないしね」
「まぁ、それは確かにそうだが」
「今回成り行きで銃士を辞めることになったけど、それも何かの啓示だろう。このままずっと銃士を続けていたって、どうにかなるわけでもないし」

フランソワの仇を討ったら修道院に入ろうと、ずっと思っていた。だが、いざ仇を取ったら、彼らと別れることに未練を覚えたのだ。以来、ずるずると銃士を続けて今に至っている。

恐らく今ここで決意しなければ、またきっと当てもなく銃士を続けることになるのだろう。

何より、大切な人を殺されたことでこんなにも深く傷ついた自分が、目的を果たすためとはいえ、自分の目的とは関係のない数多の人を殺めなければならないという矛盾に心が軋み、いつしか本気で魂の救いを求めるようになっていたのだ。

「いつ発つのだ?」

アラミスの意志が固いことを見て取ったアトスが尋ねた。

「明日の夕方かな」
「随分と急だな」
「このままぶらぶらしていても、未練が募るばかりだからね」
「寂しくなるなぁ」

人一倍感じやすいポルトスが呟くように言う。しんみりとした空気を振り払うようにアラミスが言った。

「まぁ、離れ離れになったって、僕たちの友情が変わるわけではないし…。そうだ、あっちに行ったら、君達が戦争で流れ弾に当たって死なんよう、せいぜい神様に祈っといてやるよ。君達が無傷で帰って来れたら、それは他でもない僕の手柄ってことで、よろしくな!」
「アラミス、それ何かずるい」

ダルタニャンが思わず「ぷっ」と笑ってツッコミを入れる。4人の座っている席が、笑いに包まれた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


帰り道、アトスとポルトスと別れたダルタニャンは、アラミスに声をかけた。

「アラミス、ありがとう」
「えっ何が?」

半歩ほど先を歩いていた金髪の友人が振り返る。

「隊長から聞いたよ。俺を助けるために、太后陛下と取り引きしてくれたんだろう?」

ダルタニャンは脱獄した後、すでに自分が無罪放免になっていることを知りびっくりした。それがアラミスの手によるものだったことを、トレビルの口から聞いた。

そして太后の屋敷に潜んでいたスパイにアラミスが狙われていることを知り、慌ててスイスに向かったのだ。

「お礼なんて必要ないよ」アラミスが静かに言う。「友達なんだから、助けるのは当たり前さ。君だって僕に何かあったら、なりふり構わず助けてくれるだろう?」
「それはまぁそうだけど…」

アラミスはきっと、自分が釈放されれば皆が喜び、文書も取り返せれば国家間や宮廷内のいらん争いも回避でき、全てが丸く収まると思ったのだろう。だがダルタニャンは、そんな国を揺るがす機密文書、しかもそれを取り返す際に見舞われるであろう様々な危険と自分の自由とを秤にかけたとき、それがどうしてもつり合うとは思えなかった。

アラミスはいつだってそうだ。いつもいつも無茶ばかりして、自分の命も顧みない。その度にこれまでどれほど心配したか。今回だって結局は無事だったから良かったものの、もしアトスとポルトスが来るのが少しでも遅れていたら、どうなっていたのか分からない。

「あのさアラミス、お願いがあるんだけど…」ダルタニャンが尋ねた。
「何だい?改まって」
「…これからはもう、頼むからこんな無茶はしないでくれよ」

ダルタニャンが切ない声で言う。何をバカなと笑ってはぐらかそうとしたアラミスだったが、彼の真剣な表情に言葉を失った。彼のためを思ってのことだったのに、結局彼を傷つけてしまったことに気付いたのだ。ダルタニャンだけではない。アトスやポルトスだって、ものすごく心配したのだろう。

「分かったよダルタニャン、約束する」

穏やかな笑みを浮かべて、アラミスは言った。

「もう今回のような無茶はしない。尤も、修道院に入ってしまえば、そんな無茶するようなこともないだろうけどね」
「あ、それもそっか」

そうだ、彼女はこれから、この世の中で最も安全で穏やかな場所に行くのだ。もう彼女自身が危険な目に遭うことはない。居なくなってしまうのは寂しいが、これが一番良い方法なのだろう。元々こうした殺伐とした世界とは無縁の存在だったはずなのだから。

「さーて明日は朝から荷造りだから、今日はさっさと寝ないとなー」などと元気よく言って歩く彼女の後ろ姿を、ダルタニャンは不思議な気持ちで見つめていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


こうしてアラミスは友人たちに別れを告げ、一旦実家に戻り叔父に長年の不孝を詫びた後、カルメル会の女子修道院に入った。

カルメル会にしたのは戒律が厳しく、外の世界との接点がないからだ。閉じられた空間での生活となるため、自分の“素性”が外に漏れることはないと考えたのだ。

そして念には念を入れ、アルトワとフランドルの国境近くという、パリから遠く離れたベチューヌという町にした。

さぁここで心機一転!と思ったが、実際そう上手くいくわけがない。特にこの8年間、男として銃や剣を振るってきたアラミスにとっては1つ1つが大変なことだった。

ちなみに、修道院に入ったからといってすぐに修道女になれるのではない。まずは志願期・修錬期という数年に及ぶ見習い期間を経て、その後最終誓願を立てて修道女になる。それはアラミスとて例外ではなく、ここでは「見習い」として様々なことを覚えなければならなかった。

修道院での生活は基本自給自足だ。共同生活のため、料理や院内の掃除、洗濯などは当然、当番制となる。この日アラミスは洗濯当番で、修道院の中庭に面した洗い場でシーツに付いた大きな汚れと格闘していた。

「ルネさん…だったかしら?あなた洗濯下手ねェ。今まであまり家事とかしたことないんでしょ?」
「ええ…まぁ」

同じく本日の当番に割り当てられた見習い修道女に聞かれ、アラミスは困りがちに返事をした。確かに子供の頃は家事などろくにしたことがなく、銃士時代は一人暮らしで家事全般はこなしていたが所詮は一人暮らし。洗濯だってこんなに大量の服やシーツを洗ったことはない。

「ほら、もっと腰に力を入れて!汚れたところを板にしっかり擦りつけて!そうそう!」

見かねた見習い修道女がアラミスの手を取って力を入れる。先ほどからアラミスが悪戦苦闘していたシーツの汚れがものの見事に落ちて行った。

「あ…どうもうありがとう」
「どういたしまして。まだまだたくさんあるから、ちゃっちゃと片付けましょう」

言いながら、彼女はてきぱきと大量の洗濯物をさばいていく。貴族の令嬢であれば、掃除・洗濯は使用人の仕事、本人自ら行うことは稀で不慣れな者がほとんどだ。見たところ自分と大して年の変わらぬこの女性の洗濯の慣れっぷりに、アラミスは正直舌を巻いた。

―名は確か、アンヌ・ド・ブリュイだったか…。

先ほど先輩尼僧から紹介された彼女の名前を心の中で呟く。どう考えてもれっきとした身分のある貴婦人の名前だった。

「アンヌさんは洗濯に慣れていらっしゃるのね」

羨望の気持ちをそのまま素直に口にしたアラミスに、アンヌは少し、はにかみながら答えた。

「昔修道院で下働きしていたから、こういうことには慣れているのよ」
「へぇ…そうなんだ。じゃあこれから色々教えてもらえないかしら?」
「ええ。いいわよ」

ありがとう、と言いながら彼女の方に顔を向ける。このとき初めてまともに相手の顔見た―慣れない生活に右往左往してこれまで相手の顔など気にする余裕などなかったのだ―アラミスは、思わず凍りついた。

目の下にある大きな泣きほくろ、緑色をした目、瞳よりももっと濃い色をした緑の眉…髪の毛はヴェールに覆われて分からなかったが…。


―ミレディ!!!


アラミスは喉から出かかったその名を寸でのところで飲み込んだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


自室に戻ったアラミスは扉を閉めると、そのまま床にずるずると座り込んだ。まだ心臓がバクバク言っている。それを少しでも鎮めようと、大きく深呼吸をした。

―ミレディだ、間違いなくミレディだ。

他人の空似ではないかと思ったが、そんな疑問はすぐに吹っ飛んだ。何度か言葉を交わしていくうちに、本人であることを確信したのだ。

―そうだ、あの特徴のある声にイントネーション…間違いない。どこかで聞いたと思っていたが…ああどうして最初から気づかなかったのだろう…!

あの後アラミスは、自分の動揺が相手に伝わらないよう細心の注意を払うことに終始した。

だがあの時の―彼女の顔を見たときの一瞬の衝撃が隠し通せたのかどうか、自信がない。

―どうしてこんなところにミレディが…。

いやそれよりも、自分の正体が相手にバレていないかどうかが気がかりだった。彼女が何か企んでいるにせよ、自分がここにいることが知れたら何をしてくるか分かったものではない。

―折角心穏やかに祈りの生活を送ろうと思っていたのに、何てこと…!

まだ見習いの段階なのだから「生活が合いませんでした」を理由に出ていくことは可能だったが、まさか入ったばかりで逃げ出すわけにも行かない。銃士隊にいたとき以上の緊張を強いられるこれからの毎日を思うと、アラミスは気が重くなるのだった。



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<補足説明>

アニ三ではあまりアラミスの信仰心の篤さというのは出ていなかったけど(せいぜいミレディを処刑するとき「ここは神聖な修道院だから…」と場所を変えるよう提案するくらい)、別冊アニメディアの小説によると、後にフィリップの住まいとなる元修道院にちょくちょく通っては聖母マリア像に手を合わせるようなコだったそうなので、それなりに敬虔なカトリック信徒だったんじゃないかなぁと思います(まぁあの聖母マリア像に亡き母の面影を重ねていただけっぽい気もしなくないですが)。

修道女へのプロセスを含め、修道院内での生活は一応ウィキとか日本にある修道会のHPを参考に、多少脚色を混ぜています。ていういか、調べても良く分からない部分があったり修道会によってまちまちだったりするところがあるので、そういう所は想像でカバー(笑)。あと修道院に入るにしても貴族の女の人だったら小間使いの1人は連れてるのかもしれないけど(ひとみ先生の「ダルとミラディ」でも小間使い用の建物があるって書いてあったし)、アニ三自体が従者不在の世界なのでその辺はカットということで(笑)。

アラミスとミレディの修道院での服装は修道女のようながっちりした服ではなく、それの簡易版のもの…服の色はわりと地味目で襟元も開いておらず、頭には髪がすっぽり隠れる長いヴェール(というかスカーフ?)を被っているイメージ。いわゆる修道服というのは初期誓願をして修錬期(実際に修道女になるため色々修錬を積む期間)に入ってから支給されるものらしく、それ以前の志願期(修道院での共同生活に耐えられるかどうかを見る試用期間)は修道女の服に倣った簡易的なものらしいです。アラミスもミレディもまだ修道院に来たばっかなので志願期という設定で…ちなみに修道名もらえるのも初期誓願後だそうなので、2人共まだ本名名乗っている状態。

しかしアラミスのあの前髪、ヴェールの中にちゃんと納まるのか謎なんですが(笑)。

修道院に入る前にもその土地の司祭様やシスターに相談したり、修道会にも色々あるので自分に合った修道会を探したりと色々やることがあるそう。アラミスが「しばらく実家で過ごす」と言っているのは、入るところが尼僧院(女子修道会)なので、男として生活しているパリよりは女として生活できるノワジーにいる方がそういう活動するのに都合が良いだろう、と考えたため。

ちなみに修道会は大きく分けると、修道院内での祈り・労働のほか、俗社会との関わりを持ち布教や教育、社会奉仕などを行う修道会と、世俗とは一切関わらずに、修道院内で祈りや労働を中心とした生活を送る修道会の2種類があるのですが、カルメル会は後者。アラミスが女の身で銃士をやっていたことは銃士辞めてからも絶対の秘密だと思うので、彼女が修道院に入るんだったらやっぱり外界からある程度切り離された所がいいのではないかな、と思う。

劇場版でアラミスが銃士を辞めた理由…休暇じゃダメだったの?なんて昔は思ってたけど、要は万一のことを考えてどこにも累が及ぶことのないようにしたってことなんでしょう。太后直属でもなく、国王旗下でもない「フリーの立場」で行動し、何かあった時は「自分が勝手にやったこと」と全てを一人で引き受けるつもりだったのでは?と思う。この映画、どうもフランソワさんとの過去について目が行きがちだけど、「フランソワさんのことをいつまでも引きずっているアラミス」ではなく、「ダルを助けるために、アラミスは太后に身代を売った」と今では解釈しています。(身代って言い方が妥当かどうかは分からないけど…)



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