すり替わったアラミス―別離②

アンリとルネ、そしてダルタニャンは緊張の面持ちで客間の扉を開けると、そっと外の様子を窺った。客間の上の部屋―それはちょうどアラミスの自室だったのだが―から、使用人の女が周りを気にしながら階段を下りてくるのが見える。ダルタニャンは気づかれないように近づくと、階段を降り切った娘にぱっと飛び掛かった。

「さあ、捕まえたぞ!アラミスの部屋で何をしていたんだ!」
「は…放してください!私はただ、ルネ様のお部屋のお掃除をしようと…」
「掃除?こんな夜更けに?頼んだ覚えはないけど…」

言いながらアラミスは、娘の口調に違和感を覚えた。なんとなく生気がないのだ。よくよく顔を覗き込んでみると、目はうつろで、焦点が定まっていない。この表情には見覚えがあった。ミレディの催眠術にかかって、鉄仮面―ルイ13世の処刑命令書にサインをしようとしていたフィリップと同じだ。

ふと、アラミスは娘の手にしている紙切れに気づき、強引にそれを取り上げた。

「それは?」 アンリが聞いた。
「ポルトスからの手紙だわ。ほら、この間来た、フォルジュの温泉に行かないかっていう…」

アラミスは娘に目線を合わせて問うた。

「さぁ言いなさい。この手紙に何か用なの?」

娘はうつろな表情で、「私はただ、お部屋のお掃除をしようと…」と答えただけだった。

娘の違和感に、ダルタニャンも気づいたらしい。「アラミス、この娘…」と厳しい表情でアラミスを見る。

アラミスは軽くため息をつくと、娘の耳元で大きく手を鳴らした。その音で娘ははっと我に返った。催眠術から解かれたのならもう逃げ出す心配はないだろうと、ダルタニャンは娘の腕を解いた。

「さぁ言いなさい!この手紙に何か用?誰に頼まれてこんな真似を!?」

女主人のきつい口調に、娘は急に泣きそうな顔になった。

「おいルネ、そんな言い方することないじゃないか。可哀想に、おびえているぞ」

アンリは目線を娘の位置に合わせると、やさしい口調で言った。

「ここには我々のほかは神様しかいらっしゃらない。落ち着いて話しなさい。なぜこんなことをしたんだ?」

アラミスはムッとした。こちらとしては勝手に部屋に入られ、物―しかもよりによって一番大切な友人からの手紙―まで盗み出されて腹が立っているのだ。どうせ相手から情報を引き出すための兄お得意の外交術なのだろうが、それでもこんな風に人前(しかも犯人の前)でたしなめられるのは不愉快だった。しかし、確かにおびえさせては何も喋ってくれないだろう。ルネは天使のような微笑を浮かべると、娘に対し言った。

「お兄様が神父様だということはあなたも知っているでしょう?神様に告白するつもりで、安心して正直に話しなさい」

2人の主人の優しい言葉に促され、娘は恐る恐る口を開いた。

「あ…あの…私は…その…ルネ様が三銃士のアラミス様だったことを…証明できるものを…手に入れて来いと言われ…」
「誰に?」ルネが問うた。
「よく…分からないのですが…」
「自分に仕事を依頼した人間を覚えていないの!?」

とげとげしい言い方をしたルネをアンリがたしなめる。

今度はダルタニャンが娘に聞いた。

「何か、特徴のようなものはなかったのかい?」
「いえ…フードを目深にかぶっていたし、マスクもしていたので特徴とかは…。あ、そういえば外国のご婦人のようでした」
「外国の?」
「フランス語に少し…イギリス訛があったような…」

ダルタニャンとアラミスは、思わず顔を見合わせた。

―催眠術を使うイギリスの女…?

「まさか…」
「ミレディ…?」

「ミレディ…か。そういえばピサロが以前、そんな女とつるんでいたな」
「お兄様、知っているの?」
「ミレディ自体に面識はないが、話には聞いたことがある。確か人や動物を操ったり、動物と話をすることができる…と聞いたな」

厄介な奴に目をつけられたものだ、とアンリは心の中で呟いた。もし自分が聞いた噂が本当であれば、場所を嗅ぎつけられてしまった以上もう逃げ場はない。使用人はもとより、屋敷の中にいる動物まで使われたら、それこそお手上げだ。

4人の周りを、重苦しい空気が支配した。その空気に耐えられなくなったのか、娘が再びおびえの表情を濃くした。

それに気づいたアラミスが、娘に優しく声をかける。

「ありがとう。それだけ分かればもう充分よ。怖い思いさせてごめんなさいね。あちらでワインでも飲んで、気分を落ち着かせてちょうだい」
「は…はい!ありがとうございます!」

娘の顔に安堵の表情が広がった。ようやく主人に許してもらえたと思ったのだ。

だがダルタニャンは、アラミスが次に何をしようとしているのかを悟りぞっとした。優しい口調とは裏腹に、瞳の奥に冷たい意志が宿っているのが見て取れたからだ。止めようとしたが、アンリに制されてしまう。

アラミスは娘を伴い食堂へと姿を消した。ほどなくしてドサリ、と重たい音が響いてきた。

ダルタニャンが食堂へと駆け付けると、先ほどの娘が口から血を流し、床に転がっているのが目に入った。傍らにはワインが入っていたと思しきグラスが落ちている。そのすぐ横には、今や物体となった娘を冷たく見下ろすアラミスの姿があった。

「アラミス、君は…」

「全く、容赦のないことだなお前も」

ダルタニャンから少し遅れてやってきたアンリが、半ば呆れたような口調で言う。つかつかと食堂の中に歩み寄ると、娘の亡骸を軽々と抱き上げた。

「後始末は任せておけ。この娘の家族にも、上手く言っておこう」
「ありがとう、お兄様」アラミスが力なく言う。
「お前は部屋の片づけでもしておけ。荒らされているだろうからな」

それだけ言うと、アンリは娘を抱えたまま食堂から姿を消した。


<<before   next>>

2次創作置場トップへ
ブログへ