すり替わったアラミス―別離①

「アラミス!一体何をやっているんだ君は!!」

フォルジュの温泉から戻って来たダルタニャンはノワジー・ル・セックにあるデルブレー卿の屋敷に来ていた。ここは唯一、アラミスのことを堂々と「アラミス」と呼べる場所だ。顔を見るなりいきなり大声を出したダルタニャンを前に、簡素なドレスを身にまとったアラミス―ルネは、思わず首をすくめた。


時間は少しさかのぼる。

アトスとポルトスとアラミスが銃士隊を去って4年が経ったある日、コンスタンスと結婚し、パリのチクトンヌ街で暮らしていたダルタニャンの元に、ポルトスから手紙が届いた。皆でフォルジュの温泉に行かないかというものだった。

フォルジュの温泉―それはイギリスのバッキンガム公爵からアンヌ王妃のダイヤの首飾りを取り戻しに行くとき、リシュリューの目を欺くために、4人がパリを旅立つ口実として作ったものだ。所詮はただの口実で実際に行こうなどとはその時誰も思っていなかったのだが、いつのころからだったか、時間ができたら皆で一緒に行こうという話がたびたび上るようになった。

結局実現する前に皆それぞれの道を歩むことになったのだが、ポルトスは覚えてくれていたらしい。皆領地に戻って4年も経っているんだし、いい加減身の回りも落ち着いてきているだろうから―というわけで声をかけてきたのだ。

三銃士が銃士隊を離れて以来、比較的近場に住んでいるアラミスとはよく会っていたものの、パリから遠く離れた田舎に戻ったアトス、ポルトスとは手紙を交わすくらいで一度も会っていなかった。だからダルタニャン自身、今回の温泉旅行は非常に楽しみにしていたのだ。よしんばアラミスがその抱えている秘密のために来れなかったとしても―結局アラミスは、自分が女であることをアトスとポルトスに告げずに銃士を辞めてしまったのだ―、その分お土産話を持って帰ってあげられれば、と思っていたのだ。それなのに―。

アラミスは来た。だがそれは“アラミス本人”ではなく、兄のアンリの方だったのだ。

他の2人とは全く違った意味で目を白黒させているダルタニャンに、アンリはそっと耳打ちした。

「色々言いたいことはあるだろうが、今日のところは合わせてくれよ。文句はノワジーに帰ってからゆっくりと聞くからさ」

―というわけで今、ダルタニャンはノワジーにある、アンリとルネの屋敷に来ていた。


着いたときにはもう、月が大分高い位置に上っていた。立ち話も何だから、と客間に通されたダルタニャンは、改めてアラミスに向かって言った。

「アラミス、俺は嘘は嫌いだ。特にこういうタチの悪い嘘は!」
「今更何を言っているんだ?君だって承知していたじゃないか?」アラミスはしれっとした顔で言う。

カチャリと扉の開く音がして、アンリが部屋に入ってきた。温泉旅行のあとダルタニャンと一緒にノワジーに帰ってきたのだが、着替えを済ますため一旦自室に戻っていたのだ。

「どうだった、お兄様?温泉旅行、楽しかったでしょ?」
「ああ、なかなかスリリングな旅だったよ。いつバレやしないかとヒヤヒヤしていた。俺も今まで数々の修羅場を潜り抜けてきたが…いやはや、なかなか良い経験になったよ」

まるで他人事のように話す兄妹に、ダルタニャンはイラっとした。話題を強引にもとに戻す。

「確かに承知はした。でもそれは、あくまで君が人前で“アラミス”って呼ばれた時の対処方法だったじゃないか!」

ダルタニャンはアラミスに兄がいることは早くから知っていた。神学の勉強のためスペインに留学し、その後どういうわけだかスペインのさる高貴な方の目に留まって公爵領を賜り、そのまま居ついていたのだという。あれは後見人だった叔父の男爵が亡くなり、遺産整理やら相続やらでアンリが急きょフランスに帰ってきた頃だったろうか。アラミスから、今後はアンリを「アラミス」と呼ぶようにと言われたのだ。銃士隊に女がいたことを知られるわけにはいかない。もし公になってしまえば、トレビルや国王、仲間たちにも迷惑がかかる。しかも出身地が分かっている以上、この村の貴族のどの“子息”が銃士隊にいたかなど、調べようと思えばすぐに調べられてしまうのだ。だから予防線を張ることにしたのだ、と。

最初は反対していたダルタニャンだったが、自分からは積極的に「アラミス」と名乗るつもりはないが、もし何かあった時「アラミス」と呼ばれるのはやぶさかではない、というアンリの言葉に、ようやく納得したのだった。

「こんな…アトスとポルトスを二重三重にも騙すようなやり方、俺は感心しないよ。そもそも、そんなに秘密にしておきたいんだったら、旅行になんて来なければよかったじゃないか。わざわざお兄さんを君のフリさせて行かせなくったって…」
「言っただろ?これからは私が“アラミス”じゃなくて兄が“アラミス”なんだ。彼らにもちゃんと認識してもらわないと…。街中で“アラミス”なんて声かけられたらたまったもんじゃないからね」
「だったら、それこそアトスとポルトスにちゃんと言うべき…」

その時だった。屋敷の2階―ちょうどこの客間の上の部屋あたりから、ガタリ、と不審な音がした。

屋敷には使用人だっているのだから、物音がしても不思議ではない。昼間だったら別段気にもとめないだろう。だが今はもうだいぶ夜も更け、皆寝静まっている頃だ。

3人ははっとして顔を見合わせた。


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