すり替わったアラミス―トレビルの最期



あれはいつのことだったか―もう何十年も前のことなのに、つい昨日のことのようにも思える。

豊かな金の髪を持つ見知った少女が、突然パリにある我が屋敷を訪れたのだ。

『私を銃士にして下さい』と。

すがるように懇願する彼女を受け入れたのは、苦渋の選択だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


トレビル危篤の報を受け、アンリとルネは急ぎガスコーニュにあるトレビルの屋敷に向かった。従者に案内され部屋に入ると、ベッドの上に横たわっているトレビルの姿が目に入った。

意識はあるが、その顔には既に死相が浮かんでいる。ルネははじかれたようにベッドに駆け寄ると、差し出されたトレビルの手を握りしめた。

「…小父様…」

弱々しく変わり果てたトレビルの手に触れ、彼女の頬に涙が伝った。かつてあれほど逞しく、父とも慕っていたトレビルが、ついに最期の時を迎えようとしているとは!

トレビルは彼ら兄妹の姿をみとめると、アンリに目配せをした。しばらくルネと二人きりにして欲しいという合図だった。

「…5分だけですよ…」

アンリはやれやれ、とため息をつくと、部屋から出て行った。扉が閉まると、トレビルは残った力を振り絞るように床に肘をつけ、身を起こした。ルネがそれを支える。

昔と変わらぬほっそりとした身体に触れ、トレビルの胸に忸怩たる思いが広がった。

このようにか細い身体に、彼女はこれまで、どれほど重い秘密を背負って生き、そしてこれから先も生きて行かねばならないのか…!そうさせてしまったのは他ならぬ自分なのだ。

せめてもの償いにと、彼女が銃士隊に入ってからこれまで、トレビルは彼女の秘密を守ることに全力を傾けて来た。彼女が銃士隊から退いて以降は新たにアンリという強力な協力者を得たが、しかしだからといって万全なわけではない。年の順でいえば、アンリの方が先に天に召されるのだ。

もし彼女が一人この世に取り残された場合、誰が彼女の秘密とフランス王室の名誉を守るのか。

トレビルはルネの耳元に顔を近づけると、ごく低い声で囁いた。

「…ダルタニャンには、儂の全てを受け継がせておる。アンリに何かあったら、ダルタニャンを頼りなさい」
「そんな…!これ以上ダルタニャンや銃士隊に、迷惑をかけることはできません!」
「……これは儂からの…隊長としての最後の命令だ…」
「…はい…隊長…」

トレビルは満足げな微笑を浮かべると、ゆっくりと再びベッドに横たわった。

「さあ、アンリを呼んできてくれ」

ルネはトレビルの手に最後の接吻をすると、涙を拭いて立ち上がった。入れ違いに、アンリが入って来た。

枕元まで来たアンリに、トレビルが声をかけた。

「まさかお前に懺悔を頼むことになるとはな…」

アンリは穏やな笑みを湛えながら言った。

「叔父上の時には間に合いませんでしたが、あなたには洗いざらい懺悔(は)いてもらいますよ、小父上」


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華やかなりし我が青春と壮年の日々。力の限りを尽くし、時には力及ばず悔しい思いをしたことでさえ、今では懐かしく思う。我が人生に悔いはない。

ただ、もし一つ気がかりがあるとすれば、それはあの娘(こ)のことだ。

あの日「銃士にしてほしい」と言ってきた彼女の口から続いて出たのは、思いもよらない言葉だった。

『私のフィアンセは国王陛下の双子の弟君にお仕えしていました。フィアンセは賊に討たれ、命を落としたのです。その仇を私は討ちたい!』

トレビルは聞いた。

『もし、君が銃士になることを私が拒んだら、どうするかね?』
『リシュリュー枢機卿か、もしくは他の方に頼んでみます』
『同じ理由でもって?』
『同じ理由でもって、です』

国王陛下に双子の弟など、長年宮仕えをしているトレビルは聞いたことのない話だった。俄かには信じられない(実際、鉄仮面事件が起きるまで、トレビル自身この秘密を忘れていたほどだ)…が、嘘であれ真であれ、国王陛下をお守りする銃士隊長として、王室の血統を乱し、陛下の母君の名誉を傷つける噂を世間に流させるわけにはいかなかった。

事の重大さを分かっているのかいないのか…いずれにせよ彼女は目的を達成させるため、どこかの軍隊に入隊するまで、辺り憚らずその秘密を公言するのだろう。

『分かった。君を銃士隊に入隊させよう。ただし、その秘密はお前の胸の内に仕舞っておくこと。決して口外してはならん』

彼女を銃士隊に入れたのは、彼女の身の上に同情したわけでも、ましてや彼女の身に才を見出したわけでもなかった。あくまで王室を醜聞から守るためのとっさの判断で―だが、それが本当に正しい判断だったのだろうかと、未だに思うことがある。

なぜなら、その判断のために、彼女に過酷な運命を強いさせることになってしまったのだから―。

双子の王子の秘密を上回る醜聞を作ってしまったのだから―。

だがきっと大丈夫。トレビルは、彼女がパリに来てからの日々と、アンリがフランスに戻って来てからの日々を思い出し、そう確信する。この傲岸不遜な聖職者と、自分が培ってきたものと、彼らの固い友情があれば、きっと―。




トレビルは全てを語り終え、神の赦しを得ると、安堵した表情で静かに息を引き取った。


〜終〜

―――――――――――

トレビル隊長視点の話を書くことになるとは思わなんだな(笑)。まぁ「はじまりの話」でも一度やったけど(でもアレ完全にトレビル視点ではなかったからね)。

別冊アニメディア「愛・アラミスの旅立ち」の最後読んで、思わずツッコミを入れたくなってしまったのは私だけではないと信じたい(笑)。だってフランソワさんにあれほど「言っちゃダメだよ」って言われたのを叔父さんに言ってしまった上に、その後にも「絶対誰にも言っちゃだめだよ」って言われて「言わないわ」って約束したのに、何あっさりトレビルに言っちゃってんのこの子!って。まぁ言わなきゃ銃士になんてとてもじゃないけどさせてもらえなかったんでしょうけど。そしてトレビルもトレビルであっさり聞き入れてんじゃないよ(;´д`) まぁ疑惑持ってたとしてもそのシーンはページ数の都合でカットせざるを得なかったんでしょうが。(尤もアレ読んでから大分時間経ってるので記憶違ってたらごめんなさいですが…でも初めて読んだときそう思ったのは本当。)

ただねーアニメ本編のトレビルの行動見てると、はっきり言って双子王子の秘密忘れちゃってる気がするんだよねぇ。恐らく最初から本気でとりあってなかった気がするんだわ。多分、彼がルネちゃんを銃士隊に入れたのは、「これ以上そんな真偽あやふやで王室の名誉にかかわることを口にさせちゃいけない」ってことだったんじゃないかなぁって思う。で、入れてみたらものすんごく使える子で手放したくなくなった、と。

ルネさんにトレビルのこと何て呼ばせたらいいんでしょうね?もう銃士辞めてかなり経ってるわけだし…。銃士辞めても隊長は隊長だから「隊長」なのかもしれないけど、銃士だったこと秘密なら「隊長」とは呼べないよね…。そしたらやっぱトレビル様とか小父様だろうかとちょっと書きながら葛藤したのでした。

原作にしろアニメにしろ、トレビル隊長っていつ亡くなったんだろう?個人的には原作2部と3部の間かなぁって思ってるのですが。この話もその辺を念頭に置いています。

しかし、なんでアニ三って「男装OK、女が銃士になってもOK」な設定にしなかったんでしょうね?少なくとも原作は男装容認されてるのに。今回書いててつくづくそう思いましたよ(;´д`)前にも似たようなこと書いた気がするけど。アニメ本編での彼女がかっこよすぎる分、過去が強調されると彼女の思慮の浅さが際立ってくるという…(汗)。

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