おねだり



「あら、この傷どうしたの?」

知り合ってから幾度目かの逢瀬。いつもはよく分からないが、満月の今夜はカーテンの隙間から差し込む月明かりで、相手の肌が良く見える。暗がりに浮き上がる女のように白く―だが日ごろから鍛錬を怠っていないしっかりと引き締まった男の身体の肩に、銃で撃たれたような傷があることにこの日初めて気が付いた。

「ああ、これですか…」

男は微笑を浮かべると、乱れた女の金の髪を整えるように、そっと指を絡ませた。

「以前私が軍隊にいたことは貴女も知っているでしょう?」
「ええ」
「その時についた傷ですよ」
「戦争か何か?」
「いえ、ある任務で…。友人と旅をしているとき、待ち伏せしていた敵に銃で撃たれたのです」

神父は昔を懐かしむように話し始めた。ひょんなことからガスコーニュ生まれの青年と知り合い、2人の仲間とともに無二の親友となったこと。その友人の頼みで、理由も知らぬままイギリスへ向かうことになったこと。その時通りかかった街で敵の待ち伏せに遭い負傷したこと。自分を含む仲間3人は脱落し、結局イギリスに着いたのはその友人だけだったこと。友人は無事任務を果たし、フランスに戻って来たこと…。

「まぁ、素敵な話ね」

目の前の男の過去が、そのまま自分の過去と重なる。自分の肩にも、ちょうどこの神父と同じ経緯でついた傷が残っていた。

女は男の肩に身を寄せると、その傷を愛おしそうになぞる。

「私、貴方が羨ましいわ」

ふいに、これまでずっと心に抱いていた言葉を口にした。

「だって貴方は、望むものを自分の力で手に入れることができるんですもの」

同じ名を持ち、同じような過去を持ち、同じ傷を体に刻んでいるのに、けれど女に生まれてしまったがために自由はおろか望むものすら一人で手に入れられない自分。銃士を辞め、彼のように信仰の道に進んだとしても、どんなに打ち込んでもせいぜいシスターか尼僧院長どまりだ。司祭や、ましてやその上など望むべくもない。尼僧院長の地位だって所詮は金で買えるのだから、手に入れても実力で手に入れたとは言い難かった。

この男のように生きていくことが出来たら、どんなに素敵だろう。軍籍を退き、元いた道に戻り、叙階を受けて司祭職となり、しかもそれにも飽きたらず、更なる高みを目指そうとしている―。

この男のことを知れば知るほど、女はこの男に羨望の気持ちを覚え、いつしか「こうありたい」と願う自分自身の姿を重ねるようになっていた。

「では私が貴女の代わりに貴女の望むものを手に入れて差し上げましょうか?」

まだ先刻までの行為の余韻が残っているのか、気だるそうに顔を上げた恋人に、神父はにこりと微笑みかけた。

「さぁ、言ってごらんなさい。何が欲しいのですか?」

女はやや考えた後、

「そうね、指輪が欲しいわ」

と答えた。

「指輪…ですか?」
「ええ」そして男の耳元に唇を近づけると、悪戯っぽく囁いた。「イエズス会管区長の指輪」

神父はぎょっとして女の顔を覗き込んだ。指輪など可愛いことを言うものだと思ったが、とんでもないものを所望するものだ。

「貴女は、それを手に入れるための代償を知ってて言っているのですか?」
「もちろんよ。貴方だって、興味がないわけじゃないんでしょう?」
「それは…まぁ…」

この世に二つとない、黄金でできた高貴な指輪。その指輪を手に入れることができれば、地上と天国における絶大な権力を得ることができる。

いつかは手に入れたいとは思っているが、それを手に入れるためにはヨーロッパ全土を揺るがす大きな秘密を手に入れなければならない。それが容易でないことは、誰しも察しがつくことだ。

今までも望んでは諦め、もしくは秘密を手に入れてもそれが為に命を落とした者達の姿を数多く見てきたが、それをこの女はいとも簡単に口にする。

考えてみれば、この女がただの指輪を欲しがるはずはなかった。一瞬でも随分と普通のものを欲しがるものだと思った自分の愚かさに苦笑する。そして改めて、なぜ自分がこの女に惚れたのかを思い知った。

並の男よりも優れた才を持つ女性。美しさだけではない。自分と同じ土俵の上で対等に戦い得るその意志の強さと能力に、堪らなく焦がれ、惹かれるのだ。そしてその心も身体も能力さえも、全てを自分のものにしてしまいたいと思う。

「まったく貴女と言う人は、いつもいつもとんでもないことを言うものですね」

この女の過去は知っている。どこの軍隊にいたのかまでは聞いていないが、体中に残る傷痕からしてそこで自分と同じような道を辿って来たのだろう。

「いいでしょう。手に入れて見せますよ。その代り…」

不敵に笑う女の身体に腕を回すと、そのままゆっくりと覆いかぶさる。互いの吐息がかかるくらいの距離に顔が近づくと、女の青い瞳に、自分と同じ不敵な色を浮かべる黒い瞳が写った。

「貴女にも協力してもらいますよ?」
「あら、どうして?」
「だってそうしなければ、“貴女が自分で”手に入れたことにはならないじゃないですか」
「それもそうね」

女の身体に、再び男の重みがかかった。

男の腕に抱かれながら、彼女は思った。目的を果たし、友とも別れ、生きる意味を見失っていた自分。これから先、女の身一つで何をしたってどうにかなるわけではないのだ。ならばいっそこの男(ひと)に自分の全てを捧げてみよう。自分の持てる全てのものを…。

修道女が神にその全てを捧げるように。自分の半生を非業の死を遂げた恋人に捧げたように。敬虔に、無心に、迷うことなく。

そうすればきっとこれからの人生、退屈せずに済む。

男の温もりと野心と、情熱とを全身で感じながら、女は再び目くるめく世界に堕ちていった。


〜終〜

―――――――――

アニ三アラミスがなんか黒い。少女時代から銃士時代への変貌を考えると、私的には銃士辞めた後このくらい変わってても全然違和感ないんですが。彼女に聖女的なイメージ持っている人には悪いんですけど、やはりアラミスは腹黒くて何ぼっていう(笑)。

私、ア二三アラミスって他メディア展開された他の「三銃士」のアラミスと比べるとどうも異質っていうか、仲間はずれな感じがするんですよね。他のアラミスはちゃんと男の子なので、例え話自体が「三銃士」の部分で終わったとしてもその後司祭になって司教になって、イエズス会管区長になれる余地っていうのは十分残されるわけだけど、アニ三では女だからその道が最初から閉ざされているわけで…それが常々残念でならないんですよ。彼女だってアラミスである以上、管区長指輪は欲しいと思うんだよねー。むしろ女の子だからアクセサリー類に対する関心は男より絶対強いはず!!

2人とも同じ名前、という設定なので名前を出すと分けわからなくなる…というか後で読んでて違和感出てくるので、今回名前を出さずに書いてみたんだけど、余計分けわからなかったらスミマセン。まだまだ試行錯誤が必要だと思う今日この頃。ホームフィールドを原作かアニメかのどちらかに決めていれば悩む必要なさそうだけど。

名前の書き方をどうするかと、ベッドシーンのないアラアラ恋人Ver.を書くのが今後の課題かな(大笑)。


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