「貴女もそろそろ結婚というものを考えてみたらどうです、ルネ?」
「―は?」
「…と貴女を諭すよう、貴女の叔父上に頼まれました」
長い口づけの後、突然何を言い出すのかと訝しんだアラミスは、ああなるほどそういうことかと思い、表情を緩めた。
「叔父様の言うことなら気にしなくていいのよデルブレーさん。あの人いつもそうなんだから」
いつまでも独り身の娘を案じ、娘が懇意にしているこの神父が言えば聞き入れてくれると思ったのだろう。もっとも、その肝心の神父が実は娘の恋人で、こうして修道院の一室で逢瀬を重ねているとは知る由もないのだが。
クスリと笑う恋人の、豊かな金の髪と項に優しく触れながら、神父は穏やかに言った。
「…私も男爵も貴女を愛していればこそ、貴女のためを思って言っているのですがね」
言いながら、アラミスが身にまとっている乗馬服の上着のボタンを一つ一つ外していくと、彼女の身体を2人が腰かけている寝台に横たえた。
「私がただの貴族であれば貴女を妻として迎えることもできるのですが…」
神父は、彼がいつも首に下げている十字架の首飾りを取ると、傍らの小机にコトリと置く。
「貴女も知っての通り、カトリックの神父は妻帯することが許されていないのですよ」
残念ながら…ね、そう言いながら、女の首筋から鎖骨へと舌を這わせていく。アラミスは微かに喘ぎ声を上げると、囁くように言った。
「…だから別れよう、と?」
「誰が別れるなんて言いました?」
神父は身を起こすと、恋人の顔を覗き込んだ。
「貴女がどの男の妻になろうと、私の恋人であることに変わりはないじゃないですか?」
「はい?」
「恋愛と結婚は別物ですよ。貴女のお友達にだって、そういう人はいるでしょう?」
そうだ、確かに自分が銃士時代に知り合ったご婦人の多くは結婚していて、夫とは別に恋人もいた。銃士隊の中にだって、人妻と知りながら言い寄ったり手紙を書いたり、夜毎通っていた連中がいたことも知っている。
デルブレーはアラミスの手を取ると、そこに優しく口づけをした。
「大体結婚しないとして、貴女はこの先どうやって生きていくのです?今はまだ男爵がご存命だから良いものの…。今のうちに然るべき身分を手に入れておいた方が良いと思うのですがね。いくら貴女が勇敢で行動力があり、聡明な女性だからといって、女一人身でそれが通る世の中ではないことは、貴女が一番良く知っているでしょう?」
「でも、私がよその土地に行ったら、もう貴方とは会えなくなるじゃない?」アラミスは、自分の指一本一本を丁寧になめていく男の舌先を目で追いながら言った。
「貴女が叔父上や古い友人に会いに時々実家に戻ってくるのに、何か不都合なことでもあるのですか?私だって上からの指示で、どこか別の土地に派遣されることだってあるかもしれないのに」
「でも…」
「神の前で誓った婚姻に背くことはできない、ですか?」
アラミスは心の中を見透かされ、ドキリとした。
「安心なさい、ルネ」
デルブレーは、アラミスの髪を優しく撫でながら言う。
「もしそれが罪となるなら、神の裁きにより今頃皆死に絶えているでしょう。仮に罪になるのだとしても、私にはそれを許す権利がある。それに言ったはずですよ」
女のように白く細やかな手が、アラミスの頤に触れる。
「貴女が望むのであれば、私は貴女の如何なる罪でも許して差し上げますよ、と」
アラミスは再び唇を重ねようとする神父からついと顔を逸らした。
「まだ何かご不満でも?」
「だってこういう場合って大概、相手はものすごい年上のおじいさんって相場が決まっているわ。貴方は私がヨボヨボでしわしわの男に抱かれても良いっていうの?」
「……老い先の短い男の方が、好都合じゃないですか?」
いつも穏やかな笑みを湛え、甘く優しく愛をささやく男が、めったに見られない真剣な表情をする。それを見たアラミスは急に可笑しくなり、腹をよじって笑い出した。
『貴女をそんなに長く、他の男に独り占めさせるつもりはありませんよ』
そんな風に聞こえたのだ。
神父は少しふてくされたような顔をした。
「酷いな笑うなんて。こちらは真面目に話をしているのに」
「ふふ、分かったわ」ルネ、とアラミスは自分と同じ名を持つ恋人の名をなだめるように呼ぶと、クスクスと笑いながら腕を相手の首に回した。
「結婚のこと、前向きに考えてみましょう。私の…いいえ、私たちの将来のために、ね!」
「貴女の“前向きに”は信じられないなぁ」
神父はどこかいたずらっぽそうな笑みを浮かべると、2人は今度こそ再び唇を重ねた。
~終~
――――――――――
ブログに書いた「やっぱ両方ともルネって呼びたーい!」と思って作った話です。
実は2人が事ここに至るまでにはそれなりの長い経緯(いきさつ)があり、これはその話の番外編だったりします。どうしてもルネ×ルネがやりたくなったので、どうせ番外編ならもうこれ1本を独立した話にしちゃおう!七夕も近いし!と思って書いたのですが…やっぱり何か唐突感が否めない気がする…。
ルネ×ルネの発端は(ブログにも以前書いたけど)原作アラミスのことを「アンリ」となかなか呼び慣れなかったこと…なんですが、いざ書いてみるとうっかり「アンリ」と書きそうになってしまうあたり、もうしっかり自分の中で定着してるみたいだなー。
でもお互いルネルネ呼び合っているのがなんかいやらしくて(?)ツボにはまったので、本編も遠からずやろうと思います。もう一つの話(「すり替わった~」)とは多分同時進行。
この話のデルブレー君が今まで書いた原作アラミスの中で一番原作アラミスらしいと思ったのですが…ってことは私もやっぱり何だかんだ言って原作アラミス=「たらし」イメージなんだな(笑)。(逆にいうとこのアニ三アラミスが一番アニ三アラミスらしくない感じがする。)
頑張ってアダルトに挑戦。兄妹でこれはできない。でもこれが精いっぱい(笑)。